2018年11月21日

【再掲】記憶を消すことはできない、、、

※今回は2009/10/12に掲載した記事で、
まろんブログでも特色あるテーマである
「犯罪心理学」に関する記事を再掲します。

なお、記事にはかなりの数のリンクがありましたが、
過去にブログを展開していたサイトへのリンクだったため、
今回新たにSeesaaBlogのものに修正しました

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今日は久しぶりにまろんブログ名物?の犯罪心理学の
テーマで書いてみたいと思います。

見知らぬ人に殴打された
見知らぬ人に襲われた

家族から虐待された
家族から無視された

家族が犯罪に巻き込まれた
家族が事故で傷つけられた

友人から侮辱された
友人に傷つけられた

殺害された死体を発見した
放火され、死にかけた
など、人は生活を送る中で、このような衝撃的な状況に
遭遇する可能性があり、
また多くの人々が既にこのような状況に遭遇してしまっています。

ところで、このような場面に直面してしまった人は、
当然のことながら、反射的に、または意図的に、
そのような忌まわしい「過去」から逃げだしたり、無視したり、
その記憶自体を消し去ろうとするものです。

しかし、残念ながら、人はそのような「過去」の記憶を、
記憶から消し去ることができません。
それは脳の構造上の問題であるようですが、
このような事実は、楽しい出来事やうれしい出来事以上に、
ある意味でよりインパクトのある出来事であるために、
より鮮明な記憶として、人の脳裏にこびりつき、
人を縛り付けてしまうことになります。

ただし、例外、とまではいえませんが、その遭遇した出来事が
その人にとってあまりにも甚大な恐怖である場合や、
凄惨な光景である場合、継続する虐待によって、
継続する痛みや悲しみや不安、恐怖にさらされてしまった場合には、
その出来事自体を記憶の底に閉じ込めてしまい、
ある種無意識の内に一種の記憶喪失状態を生み出したり、
また所謂多重人格状態を作り出し、虐待された人格と
その蓄積された苦しみや恐怖を晴らすかのような攻撃的な人格、
その双方ともまったく相違する人格などの様々な人格を
作り出すことによって、記憶を調整しようとする場合もあります。


ところで、人が忌まわしい記憶を消し去れないという事実は、
よく、透明な水が注がれたガラスのコップに例えられることがあります。
ここに、透明な水が注がれたガラスのコップがあるとして、
そこになんらかのきっかけで、赤いインクがたらされると、
当然のことながらコップは赤く染まります。
そこでその赤を打ち消すために、透明な水を注ぎ続けると、
確かにその赤い色が希釈されて、薄まりますが、
しかし赤い色が完全な透明にまでなることはなく、
いつまでも赤く染まったままです。
どれだけ透明な水を注ぎ続けたとしても、、、、

人の記憶とは、まさにこのようなものです。
人は生まれた時には、何の不安や恐怖や悲しみや苦しみも
知らない、まさに透明な水が注がれたコップのような状態です。
しかし、家族から虐待されるという赤いインク、
家族が犯罪に巻き込まれるという赤いインク、
友人に侮辱されるという赤いインク、
などによって、そのコップは自然と赤く染まってしまいます。

当然のことながら、赤く染まったコップの中身をすべて捨ててしまい、
全く新しく透明な水を注ぐことができれば、また新しい透明な水が
注がれたコップに戻すことができます。
しかし、人の記憶に赤いインクが注がれてしまった場合には、
それをすべて捨てて、また新しい透明な水を注ぐことはもちろん、
取り替えることもできません。
つまり、忌まわしい赤いインクの記憶はいつまでも残り続けることになるのです。


では、このように赤く染まってしまった人の記憶は
どうしたらいいのでしょうか?
また記憶が赤く染まってしまった人に対して、
我々はどのように対応したらいいのでしょうか?

確かに人の記憶は一旦赤く染まってしまうと、どれだけ新しい
透明な水を注ぎ込んだとしても、透明に戻すことはできません。
しかし、透明な水を注ぎ続けることによって、その赤い色を
透明に近い状態にまで希釈し、薄めることはできます。

つまりそういうことです。
赤く染まってしまった人の記憶にしなければならないこととは、
継続して透明な水を注ぎ続けることであり、
また赤く染まってしまった人に対して、我々ができることとは、
継続して透明な水を注ぎ続けることであり、
そうすることで、人の忌まわしい「過去」、
人の悲しい、苦しい、悩ましい「過去」、
恐怖に襲われた「過去」を
最大限まで薄めていくことが可能になるのです。

そして、その結果として、彼らが「過去」を糧にして、
「過去」を理解し、「認容」し受け入れた上で、
「現在」⇒「未来」をしっかりと歩み始めるための「希望」
与えられるのです。


では、その注ぐ込む透明な水とはいったい何なのでしょうか?
まろんブログでは「被害者心理~解消編~」「被害者心理~対策編~」
「被害者心理~結論編~」というタイトルで、被害者心理について
書いたことがあります。

被害者、そしてその周りの人がどのように被害者と接し、
被害者がどのようにその被害に対処しなければ
ならないかということについては、
それらの記事に委ねるとして、この記事で導く結論は、
一言で言えば「愛」ということになるでしょう。

「愛」とは、人が人として持っている最も偉大なものです。
特に「強さを持った優しさ」によって満たされた人によって
もたらされる「愛」は、人に「勇気」を与え、
「過去」を糧にして、「現在」⇒「未来」へと進んでいくための
強いきっかけと確かな「希望」を与えてくれるものです。

人は多くの場合、人によって苦しみや悲しみ、痛み、悩み、
恐怖にさらされ、闇の中でもだえ続けることになりますが、
しかし、それらを乗り越え、「現在」⇒「未来」へと進むための
「勇気」「強さを持った優しさ」を身につけることができるきっかけとなるのもやっぱり「人」であり、
「人」でしかありえないのです。

「人」から与えられる「愛」があるかないかが、
誰もが遭遇する可能性がある闇から人を助け、
闇から救いだし、救いあげ、
「勇気」やahref="https://blog.seesaa.jp/cms/article/edit/input?id=448649067" target="_blank">「強さを持った優しさ」を身につけることが
できるかどうかをも、決することになるのです。

人の記憶は消すことはできない、、、、
しかし、人がより「愛」に溢れていくならば、
そこからもたらされる「勇気」「強さを持った優しさ」があるならば、もしかしたら奇跡的に人の忌まわしい記憶であっても、
赤いインクであっても、完全に消し去ることも
できるのではないかとも、思ってしまいます。
posted by まろん at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月21日

前評判どおりの結果の凄み、、、

先ほど平昌五輪のスピードスケートで、
またまた金メダルが生まれました。

これで我が国の金メダルは3個目
凄い、凄すぎます

先日記事にもしましたが、
フィギュアスケートの羽生選手
スピードスケート500mの小平選手
そして、今日のスピードスケート女子団体追い抜き5000mの
高木美帆選手・高木菜那選手姉妹と佐藤選手、菊池選手
高木美帆選手はなんと金銀銅メダルの
すべてを取ったということで、
ひときわ輝く快挙だと思います。

それにしても、今回の五輪は金メダル確実と
言われている前評判が高かった選手が、
過酷過ぎるような緊張の中にあっても、
その実力をいかんなく発揮して、
その評判どおり金メダルを獲得するという
信じられない出来事が起こった、
という気持ちでいっぱいです。

正直なことを書くと、まろんは43年生きてきて、
数々の五輪やサッカーW杯などを観てきましたが、
前評判という過酷過ぎる緊張に押しつぶされ、
実力を発揮できず、場合によっては、
人生さえ狂わされた多くの素晴らしい選手が
いました。

まろんは犯罪心理学を学んでいたこともあって、
様々な状況や環境に立たされている人に
完全に成りかわって、、、心理分析、
心理想像?をすることがあるのですが、
彼ら彼女らの状況に立たされる、ということを
考えようとしただけで、胸が苦しくなり、
逃げだしてしまいそうになってしまいます。

ただ、まろんが勝手に分析するに、
そんな極限の状況に立って、自らの実力を
出し切れる、またはそれ以上のものを
出し切れるというのは
おそらくは以下の2つの要因があろうと考えています。
1.絶対的な練習量とたゆまない努力、
そのことによってのみ手に入れることができる
誰にも絶対に負けないほどの揺ぎない自信・自負
2.極限の状況を断ち切ることができた、
思いがけないアクシデントがあったこと

前者はまさに王道となる要因ですが、
五輪ともなるとほとんどの選手が
前者に近しいでしょうから、その中で
抜きん出る、というのは並大抵では
ないでしょうし、そこまでの自信や自負を
持つことが出来るというのは難しいでしょう。

そこで後者なのですが、
これは直前に怪我をしてしまったとか、
緊張の緩和、ではないですが、思わず
笑ってしまうような出来事に遭遇したとか、
そういうことによって、がちがちに固まった
肩の力が抜けて、普段どおりの実力を
出すことができた、ということです。

最近はこれに加えて、メンタルケアが
発達してきているので、良い意味での
マインドコントロールによって、
良い結果が導きだせるように、
誘導するという手法もあるようです。

いずれにせよ、前評判どおり過酷なほどの
期待による緊張の中でも、最高の結果を、
残すことができるというのは、
尊敬の念以外の何も思い浮かばない
素晴らしい、凄いことで、心の底から
喜びが湧きあがりますし、その瞬間に
生きていることに感謝しかありません。
posted by まろん at 22:56| 東京 ☁| Comment(0) | 心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

犯罪心理学~方法論編~

犯罪心理学とは・・・・犯罪者の心理状態を分析し、犯罪者を更生させたり、 犯罪を防止することを目的とした応用心理学。

今日は心理学の中で私が専門としていた「犯罪心理学」
について、学術的にならないように書いてみたいと思います。

心理学というと結構難しく考えてしまいがちですが、
実はそんなに難しいものではありません。
例えば犯罪心理学を
①犯罪者はどんな気持ちで犯罪を犯すのか?
②犯罪者はどのような性格をしているのか?
③どんな性格をしている人が、犯罪者となるのか?
というようなことを研究するのであれば、確かに
難しいでしょう。

しかし、実は犯罪心理学において最も重要なことは、
犯罪者が犯罪を犯した「結果」から、
その「結果」が発生するまでの「過程」を仔細に洗い出し、
事実関係をより明確化することにあります。

そういう意味では、現実的には警察や検察による捜査や
犯罪者やその関係者への聴取が非常に重要になってきます。
そして、犯罪者や関係者の「本音」を導き出せれば出せるほど、
その精度は見違えるほど高くなります。

ちなみに明確化しなければならない「過程」とは、
ⅰ育った環境
ⅱ受けた教育
ⅲ交友関係
ⅳ異性関係
ⅴ職業・その地位
ⅵ家族構成
ⅶ人間関係
ⅷ過去に発生した各種事実
ⅸ心理状況の変遷
などなど

これらが明確になってくると、犯罪者が犯罪を犯した
「原因」が自然と明確になってきます。
そして、こういう「過程」があったのであれば、
犯罪を犯すのもやむをえないとか、
こういう「過程」で犯罪が生まれたとか、
ということが明確になり、一定の理解ができてきます。
※もちろんそれを許すことができるかどうかは全く別問題です。

「原因」が明確になれば、その「原因」を消去、緩和する
ようにすれば、犯罪者を更正し社会復帰させることが
できますし、また将来的に犯罪を防止するための施策を
たてることもできるのです

もちろんそんな簡単にいかない事情は多々ありますが、
あくまでも学問上の話としてはこういうことになります。
ここまでくれば、最初は途方もないことだと思っていた
①~③についてもなんとなくわかったような気がしてきます。

ちなみにもっと犯罪者の心理を知りたい場合には、「感情移入」
をするという方法もあります。
上記によって導きだした「過程」を自分の境遇と置き換え、
犯罪者になりきって考えてみるという方法です。
私はよくやりましたが、あまりお薦めはしません。


以上が犯罪心理学の方法論です。
ちなみに、このような方法論は他の心理学でも同じく
適用できるはずです。
学問も仕事と同じで、基本的な考え方はすべて共通ですから・・・・

いつの日か裁判員制度と絡めて、犯罪心理学~結論編~を
書いてみたいと思っています。
posted by まろん at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする