2008年02月11日

『夢』~後編~

『夢』~前編~を読んでいただいた方の中には、
『夢』は「目的」の一部ではなくて、
「目的」が『夢』の一部でもいいんじゃない?
と思われた方もおられるかもしれませんし、
私もその方が『夢』があるとは思いますが、
個人的には違うと思っています。

それは『夢』は、あくまでも希望・願望に過ぎないからです。

私が『夢』として抱いていた弁護士、裁判官。
仮にそれが達成できたとして、それだけで立派にその職務を
遂行できるいうわけではもちろんありません。
プロ野球選手になれて、それだけですぐに人に『夢』を
与えることができるプレーができるわけではありません。
「結婚」したからそれですぐに幸せという「目的」を
達成できるわけではありません。
東京大学に入って・・・・・・

逆に明確な「目的」を持つことなく、親のすすめなどで、
意図しない『夢』をもち、それをかなえて弁護士や裁判官に
なった人やプロ野球選手になった人、医師になった人などが、
思いがけない苦難の道を辿り、日々苦悩していることも
多々あるようです。
ただし、結果的にその苦難や苦悩の中で、本来持つべき「目的」を
見つける人も多いようですが、、、、、


私が仕事に求めている「目的」は・・・・・・・・・・・・・なのですが、
それを達成するために抱いた『夢』は結果としては達成できませんでした。
しかし、今までに経験してきた仕事では、私が抱いた『夢』とは
まったく異なるものではありますが、『夢』を追い求めた「過程」の
中で得た様々な経験や知識、スキルをそのまま生かし、
その『夢』を追い求めたという「過程」がなければ、決して達成
できなかった様々なよりよい結果を導き出すこともできました。
そして、何よりも、私が気づかないうちに、仕事に求めていた
「目的」そのものが、実は多く達成されていたのです。

人生は本当に不思議なものです。


『夢』

それは人が生きていくために必要な「目的」を見つけるひとつのきっかけ!
大切なことは『夢』をかなえることだけではなく、それを追い求め続ける「過程」!
そして『夢』をかなえることで、またはそれをかなえられなくても、
その「過程」をやり遂げることで、成し遂げることができる
生きていくための「目的」を果たすことではないかとまろんは思います。
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2008年02月10日

『夢』~前編~

※この記事は2006/8/26に掲載した記事を大幅に改変して再掲載したものです。
人が生きていく中で大きな位置を占める『夢』について、
まろんならではの見地から書いてみた記事です。


『夢』・・・・自分の将来に対する希望・願望

私はあと4ヶ月ぐらいでブログをはじめてから2年になりますが、
おそらくこの『夢』という文字はあまり使っていないと思います。
それは『夢』という言葉はすごく輝かしい言葉ではありますが、
そんな一面とは裏腹に非常に危うい輝きを持っているように感じ、
私らしく?客観的に見てしまっていることが原因かもしれません。
といって私が『夢』をもっていないわけではありません。

私が成長の過程で持っていた『夢』は
小学生ぐらい  ⇒  電車の運転手(親が電車好きでその影響から)
小学生高学年ぐらい ⇒ 新幹線の運転手、プロ野球選手
中学生~高校生 ⇒ 弁護士、サッカー選手
大学生~ ⇒ 裁判官

ちなみに弁護士と裁判官の違いは、弁護士は原告(裁判を訴えた人)や
被疑者(≠犯人)の立場で法律を駆使して、職務を遂行し、
正義を成し遂げるという面をもっていますが、
裁判官は検察官と弁護士の双方の主張を踏まえ、原告被告双方の
事情等も考慮し、法律を駆使して、公正な立場で、客観的に善悪の
判断を下し、正義を成し遂げるという面をもっているという違いがあります。

さて、このように私は色々な『夢』をもって生きてきましたが、
残念ながらいずれも達成できていません。
でも、それが私にとって不幸であるかといえば、そんなことは全くありません。

あくまでも個人的な見解になりますが、私は『夢』は
本来達成しなければならない「目的(目標)」の一部であると思っています。
つまり『夢』は、人が人生の中でしなければならない宿命を背負っている
様々なことの単なる一部なのです。
そして、ここで本当に大事なことは、『夢』はそれを達成した後、
また仮にそれが達成できなかったとしても、『夢』を目指して
自助努力した「過程(プロセス)」や悩み苦しんだことを、
その後に生かし続けることであると思っています。

「結婚」が『夢』という場合は、「結婚」は幸せな生活を築くという「目的」の
あくまでも一部だと思いますし、
東京大学に入るという『夢』は、入学して日本を支えるような官僚や
世界的な名医になるためという「目的」のあくまでも一部、
プロ野球選手になりたいという『夢』は、子供達が『夢』をもてるような
プレーをして感動させたいという「目的」のあくまでも一部だと思います。

~後編~に続く
posted by まろん at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする