2008年02月24日

「想い出」

人が人生を歩む中で、大切なこと、大切なものはたくさんありますが、
その中でもまろんが最近特に大切だと思っているのが
今回の記事のタイトルにした「想い出」です。

「想い出」・・・・「過去」にあった出来事や体験を心に浮かべること。
        またはその内容。追憶。追想。

まろんブログでも、以下のタイトルで様々なまろんの「想い出」を
紹介してきましたが、「想い出」は時には甘酸っぱく、時には苦く、
時には苦しく・悲しく、時にはすがすがしく、時には美しく、
時には心癒されるものでもあります。

「想い出を探して」
「素敵な女性との想い出」
「九州旅行の甘い想い出」

人は様々な人と出会い、様々な人と接しながら、様々な人の助けを
得ながら、様々な人とつながりを持ち、様々な人の影響を受け続けて、
その人生を歩む生き物です。
そして、その「過程」の中で、人は他の誰もが経験することが
できないその人だけの、この世で唯一無二の人生を歩むことが
できるのです。
そして、その人生の中で得ることができる、その人だけが
経験してきたその「過程」こそが、「想い出」なのです。

この世の中には逃れようのない「運命」により、
短命な人生しか送ることができない人、
悲しく苦しい人生に翻弄されてしまう人、
大切な人と絶望的な別れを迎えた人、
戦火の真っ只中で常に死と隣りあわせで人生を送っている人
本来最も自分を愛してくれるであろう両親から凄惨な虐待を受けている人など
この世には生きている人の数だけ様々な人生があります。

しかし、そんな過酷な「運命」にあっても、自分の「運命」
受け入れ、俄かには想像もできない「強さ」と「たくましさ」を
持って生き続け、そして周りの多くの人々に多大な影響を
与え続けている多くの人たちがいます。

余命が残り少なくても、自分なりの正義感や達成感や充実感、
「信念」理念、理想、「夢」を持ち、生き続けるその姿を目の当たりにして、
人は自らの「弱さ」を恥じ、そしてそれを克服しようと努力し、
「強さ」や「たくましさ」を身につけていくものです。

そういう意味では人は生きている限り、他の人の「想い出」となり、
逆に人は他の人のことを「想い出」として、生きているといえます。


人が人として生きる中で最も悲しい、悲劇的なことは、
もしかしたら他の誰の「想い出」になれないこと。
誰に知られることもなく生き続けること。
そして、「想い出」がない人生を送ることなのかもしれません。

でも、そんな人はこの世には存在しません。
どれだけ少なくても、どれだけその範囲が狭くても、
もしかしたらそれが自分を生んだ母親だけの「想い出」であっても、
人は「想い出」を与え、「想い出」を得ながら生きているのです。
そしてそれは人であることの最も素晴らしい、美しいことでは
ないかと思うまろんなのです。

このことはまろんが大好きな言葉「承継」にも共通するところがあるかもしれません。
posted by まろん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

「生」と「死」と

突然ちょっとネガティブな話ですみませんが、我が家の愛しい「まろん」が
だんだん弱ってきているらしいです。
心配になって私の母が病院に連れて行ったらしいのですが、「まろん」も
人間で言えば80歳になるらしいとのこと。
それは弱ってきますよねえ。

「まろん」が我が家に来て、いつの間にか既に2年以上を経過しているため、
通常のハムスターの寿命からすれば、長く生きてくれても後1年。
後どれぐらい生きてくるのか、遊べるのかがすごく心配ですが、
大阪に帰った時はしっかりと遊んであげない(もらう?)となあ。。。
と思うまろんなのです。


ハムスターに限らず、ペットの命は人間より短いのが普通。
短い命のペットの「死」に打ちひしがれてしまうことはよくあることです。
特に最近はペットが家族同然のようになってしまっていますから、
それはなおさらです。

とはいえ、「死に直面しても・・・・・」でも書きましたが、ちょっと冷たい
書き方ですが、人であれ、ペットであれ、花であれ、生き物は生まれれば
「死」を迎えるのは当然のことです。
だから、その「死」によって打ちひしがれるのはよくありません。
大事なことはその「死」から何を得ることができるのか?できたのか?
その「死」から何を学ぶことができるのか?できたのか?
その「死」からどう成長していくのか?成長できたのか?
そして、一緒に生活した日々から何を得ることができるのか?できたのか?

それが、人の「生」が他の生物と違う最も違う、偉大なところであるともいえます。

今日はこんなことを考えてみました。
posted by まろん at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

My誕生秘話

昨日は紀子さまがお子様を出産されたということで
祝福ムード一色でしたが、そういえば私も32年前に
生まれたんだなあと思って、ちょっとその時の逸話を
書いてみたいと思います。

私が生まれたのは32年前の1974年4月24日。
実はもっと早く生まれる予定だったにもかかわらず、
母親のお腹の中の居心地が良かったのか、
あるいは甘えん坊だったのか、知りませんが、
予定日時を経過しても延々とお腹の中にいたらしい。

もちろん私はそんな事情は知りませんので、
あくまでも伝聞。。。。

そしてその日がやってきました。
確か4月24日の午前0時か1時だったと思いますが、
素晴らしく美しい???産声をあげて、私はこの世に
生まれてきました。
そのときの感想は、、、、ありません。というか知りません。

ちなみに、私が母親のお腹の中から生まれた時、
生まれた私の顔を見て、看護師さん(助産師さん??)が、
「わあ~見て見て、このごんたそうな顔!!」
と言ったらしい。

※ごんた・・・・関西では、「やんちゃな子供」の意味で使われます。
※やんちゃ・・・いたずら好きで、わがままで大人の言うことをきかない様子。

人の顔を見てなんて失礼な!!
まあ確かに生まれた時の写真を見ると、納得なんですけどね。
それに確かに「ごんた」な幼少期を過ごしましたから。。。。
次男坊だし。。。
お米を部屋にまいちゃうとか、障子に穴をあけまくるとか。。。。

でも女性にはめっぽう弱かったようです。
それは今も続いているんですけどね。。。。。

私の誕生秘話はこんな感じでした。
皆さんには誕生秘話はありますか???
posted by まろん at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする