2019年03月07日

まさか金婚式とは、、、

まろんの実家でまだ?(笑)元気に健在の老夫婦ですが、
明後日3/9で結婚して50年になるとのこと

まろんが来月でまさかの45歳になりますので、
両親が50年といわれても、まあ確かに
そうなるよね、と思わなくはありませんが、
その1年、1か月、1日も経験したことがない
まろんにとっては途方もないことで、
間違いなくまろんは生涯金婚式を
経験することはありません。

さて、我が家も御多聞に漏れることなく、
この50年間様々なことを経験してきましたし、
夫婦喧嘩はもちろん、
兄弟喧嘩、
反抗期、
などなど、家族が崩壊するのか?
と思うようなことが多々ありましたが、
それにしても50年間もよくぞ飽きずに(笑)
連れ添ってこれるものだと感心します。

まったく比較にもなりませんが、
天皇陛下と皇后陛下の我が国の象徴としての
御夫婦としての関係
天皇陛下在位30周年記念式典での
両陛下のかけがえのない関係性のようなものを
垣間見ると、我が両親もなかなか捨てたものではないのかもしれません

あと何年連れ添えるのかは誰にもわかりませんが、
ここまで連れ添ったら、運命の導きがあるまでは
仲良く?(笑)夫婦として連れ添ってくれればと
願うばかりです。

それにしても50年、、、長っ!
posted by まろん at 23:48| 東京 🌁| Comment(0) | 結婚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月31日

結婚は不幸になるためにするもの

まろんブログで、過去に何度か結婚や男女の関係をテーマにした
記事を書いたことがありますが、
少なくとも、新聞、テレビ、インターネットなどの情報媒体から
入ってくる情報では、結婚は愛し合う男女の、人生のゴールであり、
夢と希望に満ちた男女の結晶でもあるかのようなイメージであり、
まろんであっても、結婚がそういうものであってほしいという
一縷の望み?(笑)みたいものは持っています。

しかし、それはある意味で錯覚であり、結婚とは、本当は
愛し合う男女がそれぞれに、個々の過去の人生の中で、
負った不幸を、無力さをお互いに受け入れ、共有し、そして
今から再び負うであろう様々な不幸もお互いに共有するもです。
そして、その不幸をそれぞれが今までに培ってきた経験と知識、
スキルを駆使することによって、二人で力を合わせることでしか
乗り越えられない試練を乗り越え、それをわずかな幸福に
変えていく、その過程の繰り返しでしかありません。
その過程こそが結婚によって得ることができる幸せなのです。

結婚とは、一人ではできない様々なことを、二人で乗り越える、
二人でしか乗り越えられないことを、互いに信頼し、尊重し、
手を取り合って、乗り越えていくことに、最大の価値があるのです。

このことがおろそかにされると、結婚がさも人生のゴールで、
薔薇色の出来事の始まり、と言わんばかりに思ってしまうと、
当然そんなことはないのだから、離婚なり、家庭内別居なり、
当初は当然想定もしないような事態へと発展します。

特に、現在社会のように、二人で力を合わせなくても、
なんとなく生きては行けるような時代においては、
なおさらこういう現象は先鋭化していきます。

結婚はこんな素敵なもののはず、白馬の王子様、お姫様、
というようなおとぎ話をイメージして、結婚したら、
まったく違ったなんていうのはまさにここに起因します。

なので、例えば一度離婚を経験した男女が再婚した場合に、
先述した本来の結婚の価値、意義を、それぞれがなんとなくでも
理解しているため、うまくいく場合が多いのは、ここに原因があります。
逆に、1度目の離婚で、そこに気づかなければ、やはり離婚を
繰り返すことになりますし、再婚もできない、ということに
なります。

結婚は、幸せになるためではなく、不幸になるためにするもので、
相手の不幸をすべて受け止める覚悟と、決断が必要であるという
ことでもあります。
そして、それをしっかりとした歩みで越えることができたならば、
確かにそこには真実の「幸せ」が訪れることになるのです。
posted by まろん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 結婚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月11日

で、どんな人と結婚するの

さて、前回の記事でまろんの今年の目標が「結婚」であると
書いてしまいましたが、じゃあ、まろんはどんな女性を求めているのか?
今回はそんなことを書いてみようと思います。
何の足しにもならない記事ですね、、、(笑)

じゃあ、まずこんな人はないなあ、と思っている人は、
明らかに自分をコントロールできていない体型の人!かな?
病気等止むを得ず、という場合もあるでしょうが、
後で述べることとも関連しますが、人として、
様々なことを冷静に、自立的に自己管理できていることは
やはり第一歩だとは思いますので、少なくとも
そのスタート地点には立っている人が、と思っています。


では、どんな人がいいのか?
最近はあまり触れなくなっていますが、まろんブログで
しばしば書いていたこととして、優しい人。
ただし、その優しさは、強さの裏打ちがある優しさで
あって欲しいと思います

この世の中に優しい人は溢れています
というか、基本的に人は皆優しい
ただ、その優しさが、社会の中で生きて行く中で、
維持できなくなり、優しさを突き通すことができなくなり
ある意味で仕方なく、その優しさを失ってしまうのです

まろんブログを良くご覧いただいている方は、またかと、
思われちゃうかもしれませんが、犯罪者などに、優しさ
何てあるのかと、思う人もたくさんおられると思いますが、
彼らこそ、ある意味で普通の人よりも、より純粋な
優しさを持っている場合の方が多いです
まあ、当然例外がないとはいいませんが。

そういう自分の弱い部分にしっかりと向き合い、その中から
苦悩と紆余曲折と、自分のやるべきこと、進むべき道を見出し、
本当の優しさというものを導き出すことができると、
そこにはなぜか、知らず知らずのうちに強さというものが
備わっているものです

ちなみに、そういう強さを持った優しさを持っている人、
そういう人は先ほど書いたような、自分をコントロールできない
体型であることはないですね(笑)

まろんが結婚したい人は、そういう人がいいですね

ちなみに、今までの40年間で、そういう人がいたかどうか?を
考えてみると、多分まだ出会っていない気がします

こんな記事を書いてもいいのかなあ?(笑)
posted by まろん at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 結婚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする