2018年08月15日

混沌とする世界情勢、、、2

昨日書いた記事の続きです

4.米国前大統領、
我が国の表の世界を代表するメディア、学界、
論客らしき人達によると、平和主義者として
相当評価の高い大統領ではありましたが、
その米国前大統領がEUやイラン、ロシアなどと
協調して合意したイラン核合意なる文書
「包括的共同行動計画」

このイラン核合意が現在の米国大統領により
廃棄され、イランに対して実施されていた
制裁解除が、解除されて新たに制裁が開始され、
その一方で我が国を含めた世界の国々に対して、
制裁に同調するよう呼びかけが行われました。

当然のことながらイランはこれに反発している
わけですが、これにより一時期石油の価格が
相当安くなっていたものの、
再び上昇する傾向を示しています。

また一方で、米国大統領は、中東における
軍事国家でもあるイランに対峙するため、
中東版NATOの創設を提案するなど、
イラン包囲網をより拡大し、核開発の
実質的な停止と、核拡散の防止を推進
しようとしています。

この動きの背景、というか並行して動いているのは、
実は遠く離れた北朝鮮であって、イランは北朝鮮の
各技術を輸入し、自国の核開発の推進のために、
利用、活用しているといわれていますが、
今米国は、北朝鮮とイランの双方の核いずれもを
廃棄させる動きを加速して進めています

これにより経済的な波及ということで言えば、
ガソリン価格の高騰、
北朝鮮、イランいずれか、または双方での
戦争への突入の可能性、
そうなった場合のホルムズ海峡閉鎖の危険性と、
それに伴うガソリン価格の一層の高騰。

仮に北朝鮮で戦争が起こった場合は、拉致され
北朝鮮国内で生きている生存者の確保、
そして北朝鮮からの難民の救済、
難民に偽装したスパイ、工作員の見極めと排斥、
などなどへの対応が必要となります。

こういうイランという遠い中東の問題ではあるものの、
それは我が国の近くに存在する北朝鮮という
国家へとつながるわけで、
安易に遠い国のことであると無視できるわけ
ではなく、当事者として考えなければならないことが
この事案からはっきりとわかってきます。


5.シリア問題などに端を発したEUの移民問題
自国の人口に比して相当な割合の移民の受け入れを
し続けてきたEUは、英国の脱退を生み、
悪い意味でのナショナリズムを生み出しました。

また一方でその先駆となって移民を受け入れ、
安い賃金で加工品を製造し、関税なく他国に
製品を輸出し、経済においてはEU内で
絶対的な立場として君臨しつけたドイツは、
自国内の治安上の不安定さをさらけだし、
それによる経済的な問題・課題を露呈しはじめました。

その経済的な問題・課題を抜け出すため、中国に
接近したものの、あっという間に飲み込まれ、
かつてEU内で絶対的な立場を維持したその地位は
崩れ始め、その結果EUそのものが相当な不安定な
状態に変貌しつつあります。

それはイタリア、フランスなどのEU脱退論へと
波及しはじめており、ここ数年のうちに、
EU自体が破綻するのではないかとも
言われていますし、まろんも相当程度
その可能性を感じています。


さて、今日2018/8/15は我が国の敗戦、終戦の日
73年前のこの日に第二次世界大戦が終結し、
我が国、ドイツが敗戦国となり、
その後現在の国際連合、ECC(のちのEU)、
ブロック経済を阻止するための貿易秩序を確保するためのGATT(現在のWTO)
などの様々な国際機関ができあがり
戦後の秩序を構成してきました。

ただ、それは単なる国連理事国5カ国による支配の
73年間だったわけで、
73年が経過した今、そのいずれの機関についても、
異端な秩序をもった中国の経済大国化を主要因として
ここに至り、その本来の役割を担えない状態に
なりつつあるというのが、正しい現状認識と
まろんは考えています。

そして、そんな世界情勢において、我が国の地位、
そして期待はかつてなく大きく、過大なものと
なっています。

この73年の中で培ってきたものを、
良いものは残し、良くないものは毅然と破棄し、
我が国が主導的な立場となり、
世界中を巻き込んで、新たな世界秩序を
築いていくため、「平和」を大前提にして、
積極的に動いていかなければならない、
そのときに、今まさに立っているのだと
まろんは考えています。

今こそあの悲惨な、凄惨な、
戦いに巻き込まれた甚大な数の民間人、
無念にも他国で、海上で、硫黄島で、そして沖縄で
その生涯を終えざるを得なかった戦士、
我が国を守るためだけに、その命を捧げた戦士
その甚大な犠牲者を出した戦争を、
本当の意味で乗り越えるために、
彼らに報いるために、やらなければならないことは
多々あるのです


戦没者の方々に、心よりの哀悼の誠を捧げます
posted by まろん at 14:42| 東京 ☀| Comment(0) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

壊れていく世界、、、

拉致被害者がまだ多数生存する北朝鮮では数十年ぶりに
党大会が開催され、我が国および米国の甘々の対応により、
独裁者の独裁を許してきた結果、
国内的には恐怖政治により
国外的には、核とミサイルの開発に伴う他国へのセールスにより、
彼の国は国際的に一定以上の地位を固めようとしています。

ただし、それがかの国の独裁者の独裁を今後も許すことに
なるかどうかは別問題です。

ちなみに、軍事的な話で言えば、我が国の自衛隊のように、
戦闘機や潜水艦などの最新鋭の通常兵器を保持するよりも、
核兵器をひとつ持ちさえすれば、より安価に、経済的に
抑止力を保持することができるという、なんともいえない
矛盾が存在します。
つまり、北朝鮮は通常兵器はほとんど役に立たない存在
であるにもかかわらず、核兵器を開発したことで、国際的に
一定のプレゼンスを持ち続けることができるということです。


さて、一方でまろんの会社にも、その国の社員が存在する
フィリピンでは、過激派的な強烈な政治思想の大統領が
誕生しようとしています。

フィリピンのとある犯罪都市の治安を、犯罪者を抹殺していくことで、
劇的に改善させた元市長が、大統領の地位に昇り詰めようと
しているのですが、治安が悪く、被害が後を絶たないかの国では
こういう存在が現れるのは、もしかしたら必然なのかも
しれませんが、まさに国民の、市民の本質的な願望、本音の要求が
形となって、表れた結果と言えるのかもしれません。

また、ロシアでは、一旦は戦略的に首相の地位に退いたものの、
大統領の任期や制度さえも変更させて、四半世紀に及び長期間
独裁者の地位に居座り続ける独裁者が存在します。

また、中国では、一党独裁の共産党政治が確固として、続いています。

そして、このほど米国では、米国人の本質的な願望、本音の要求を
体現するであろう主張を繰り返す大統領候補が誕生しました。
実際に大統領になるかどうかはわかりませんが、
初の女性大統領を目指す相手方は、若者や男性に圧倒的に人気がなく、
またスキャンダルの要素を抱えていることもあって、
負ける可能性がかなり濃厚にあります。
そうすると、先述の大統領候補が大統領になるということになり、
世界中に圧倒的な影響をもたらします。

一方でドイツを中心とするヨーロッパは、難民問題、自動車の不正、
テロの恐怖などなどに苛まれ、その上EU離脱や、国家主義的な
要求も目立ちはじめており、ヨーロッパの良さが失われ、
根源的なところで立ち行かなくなっています。

このように見てくると、世界がまさに壊れていっているように
思えてなりません。

第二次世界大戦後、70年を超えて構築されてきた秩序が、
その中心的な存在でもあった米国の世界展開の稚拙さや、
軍事産業の要望の強さに負けた結果、戦争などあちこちで
歪みを生み出してきたわけですが、その米国が、国内に
閉じこもりはじめ、世界秩序はテロが頻発するような
まさにガラスの上で、なんとか平静を保っているかのように
見える、そんな状況になっています。

そのガラスは今後一気に壊れてしまうのか?
それともそのガラスが壊れることを防ぐことができるのか?
また仮に壊れてしまったとして、それを補修することができるのか?

それはまさに世界が直面する喫緊の課題であるのは間違いありません。
そして、この現代においては、この重い課題に取り組み、
一定以上の役割を担うことができる存在は、実は我が国しかありません。

我が国だけが現代において、一定以上の秩序を保ち、
そして戦後の米国の庇護下にある子供のような存在から、
脱皮し、自立し、発展、成長しつつ過程の中にあって、
今までとは違う形で、世界に貢献できる存在になりつつあるのです。

その貢献をどのような形で、実現していくのか、
そのために我々国民が何をするべきか、何ができるか、
そして、何を覚悟するべきなのか。
世界が壊れていく中で、できる限り早くその問いに対する
解を導き出さなければなりません。
posted by まろん at 00:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

いい人

※この記事は7/15に掲載したものをリニューアルしたものです。

最近「いい人」が多くなったように思います。
「いい人」とは、やさしくしてくれる人、気遣いができる人、
気配りができる人、人の過ちを正してくれる人とか、そういう意味で使う場合と、
何か問題があったり、不満や不安があったとしても、人に対して
意見を述べたり、間違いを指摘したり、叱ったりすることなく、
ただ服従するだけなので、いい人に見えるという意味で使う場合があります。

前者は確かに「いい人」ですが、後者はとてもじゃないですが「いい人」とは
いえません。はっきり言えば、頼りにならない人、ダメな人に入る気がします。
そして、この後者の意味での「いい人」が最近多くなっているのです。

例えば仕事では、現場で業務を熟知しているにもかかわらず、
上司などから間違った命令や指令を受けたとしても、それを指摘することなく、
ただ盲目的に服従してしまう。
恋愛では、相手のわがままをただ単に受け入れることだけが、
「愛情表現」であると誤解してしまう。
子育てでは、子供のわがままをただ単に許せば、子供に嫌われず、
立派な子育てができていると誤解してしまう。

では何故後者の「いい人」が増えてしまったのか?
それがすごく大きな問題でもあるのです。

そもそも後者の「いい人」には、何が足りないか?
一言で言えば自立性・自律性がないということでしょう。
正しいことは何なのか?良いこととは何なのか?
誰が一番知識や経験を持っていて、誰が一番熟知しているのか?
自分の足りないところは何なのか?それを補うために何が必要なのか?
補うための方法はどうしたらいいのか?
そして誰が「責任」を持っているのか?「責任」の所在は?
これらがすべて自分の中で整理されてさえいれば、自立性・自律性は
自然と身についてくるものです。

では何故自立性・自律性がなくなってしまったのでしょうか?
私が考えるに、それは我々が見本とするべき「人」の存在が喪失していることと、
人生における「過去」⇒「現在」⇒「将来」という「過程」の重要性
認識されていないことが最大の理由なのでしょう。

そもそも参考としたり、手本、見本とする人の存在がなければ、
人は何が正しいのかを確信できる手段がありません。
仮に私に自立性・自律性があるとすれば、それはそういう存在が
身近にあったからに過ぎません。

一方、人は常に失敗と成功を繰り返しながら人生という「道」を歩みます。
その「失敗」や「成功」という「過去」を参照にして、「未来」のビジョンを持ち、
「現在」⇒「未来」へとつないでいくという「過程」を辿らなければ、
何をやっても人は進歩することはできないし、自立性・自律性を
身につけることもできません。
仮に私に自立性・自律性があるとすれば、そういう「過程」を辿っているに過ぎません。

逆に人が何か悪いこと、間違ったことをしているとすれば、
そのきっかけとなった人の存在があります。
最近社会を騒がせている「いじめ」もその延長線上にあるにすぎません。
「いじめ」る人は悪い人なのか?そう思いますか?
実はそうではありません。「いじめ」る人は「いい人」なだけです。
「いい人」が自立性・自律性がないがために、テレビや実社会の大人の
「いじめ」の様子を見て、おもしろおかしくそれに追随してしまうという
「道」を辿ってしまっているに過ぎないのです。
またいい人なので、人から「いじめ」るように言われると、ただそれに
服従しているだけなのです。孤独や孤立が怖いから、、、、。

そしてここが重要なことなのですが、そういう経験をした「いい人」は
その「過去」を省みることもなく、「現在」そして「未来」へとあいかわらず
同じようなことを繰り返してしまうのです。
それはどれだけ社会が騒いだとしても、変わりませんし、実際に
今まで変わってきていません。
今まで何度も変わるきっかけがあったにもかかわらず。。。。

ここがすべての「根源」であり、「原因」です。
ここが理解されれば、解決策も自ずとでてくるのではないでしょうか?


後者の意味の「いい人」が全員突然変異のように前者の「いい人」に
変わることはありえません。
そういう意味では、今やらなければならないことは、
「人の弱さ」への追記」で記載したようなことになるのでしょう。
まずは自分の周りから変えていき、、それを積み重ねていくこと。
10年後に成果となることをただひたすら信じて積み重ねていくしか
方法はないのではないかとまろんは考えます。

もちろん、国家として、地域としての解決方法は別にあります。
それはここでは書かないことにします。
posted by まろん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする