2019年09月01日

福島第一原子力発電所事故の影響はまだまだ深刻、、、

前回の記事で書いたとおり、北海道・東北旅行からの帰路は
仙台から東京へは太平洋沿いの常磐線を使っ電車と代行バスで
原ノ町、浪江、富岡、いわきと乗り継いできました

まだ電車が復旧していない代行バス区間の浪江と富岡間は、
未だ帰宅困難地域に指定されている状態で、東日本大震災の
大津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所の事故が
8年半近くを経過した今もまだまだ深刻な影響を残していることを
如実に知らしめられます

前回はじめて浪江を訪れた際は、人の気配がしない
まるでゴーストタウンのような状態でしたが、今回は多少人の気配があったのと
コンビニが新しく出来ていたり、歩みがはじまった気配は感じられました

ただ、今回の旅で訪れたり、観た、甚大な被害を受けた被災地であった
山田や大槌、大船渡、志津川などの復旧、復興具合と比較すると
福島第一原子力発電所の事故というものが、どれほどのものであったのかを
改めて思い知らされます

特に代行バスから観える街の様子は、心を冷えこませます

この現実を受け止め、先に進むしか我々の選択肢はありません
posted by まろん at 18:25| 東京 ☀| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月31日

山田線は見事に復旧していました

2011年3月11日に発生した東日本大震災により
東北の沿岸地域は壊滅的な被害を受け、
未だ復旧、復興が実現していないところがあるほど
その被害は甚大かつ、壊滅的なものでした。

まろんが旅の足として利用する鉄道網も寸断され、
線路が流されたり、駅が流されたり、
本当に復旧できるのかと思わずにはいられない
惨状でした。

まろんが最初に被災地に入ったのは、茨城県の
いわきでしたが、当時はいわき以北は不通ででした。

そのときからまさに日進月歩で、復旧を遂げていき、
福島第一原子力発電所の事故の影響で
最も復旧が遅れている常磐線が今年の11月に
完全復旧するという予定になるまでに、至りました。

その常磐線の次に復旧が遅れていたのが、
宮古と釜石を結ぶJR山田線でしたが、
今年の3月23日に三陸鉄道に移管される形で、
山田線が復旧しました

そして今日まろんの旅行解禁のはじめにして、
三陸鉄道で宮古釜石間を観て、聴いてきました

数年前はじめて道の駅やまだを訪れ、荒れ果てた
山田線を観たことを想起すると、
見事なまでに復旧していて、ようやくここまで
きたのかとほっとすると同時に、
未だ工事が続く街中を垣間見、まだ先は長いのかと
無力感のようなものを感じることもありました。

ただ、とはいえ、被害が大きかった山田や大槌も
まろんが想像していたよりは格段に復旧、復興が
進んでいるようにも見えました。

ちなみに、今日の三陸鉄道は土曜日ということもあり、
ツアー客も多くて、結構混雑していました
こういう復旧後の乗車が、大事になってきますので、
まろんも頃合いをみて、なんども訪れることにします
posted by まろん at 18:01| 東京 ☁| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

まろんブログの再開のきっかけとなった東日本大震災、、、

まろんブログは2006年6月17日にはじまり、
あと3か月すると、13年経過することになります。

その間に書いた記事の数は2,369件

しかし、2011年3月11日14時46分に
東日本大震災が発生したそのとき、
まろんブログは既に最後の記事
書き終えて、終了していました。

そのことはブログを再開したときの
記事で明確に書いていますが、
ブログを再開しようと決断したきっかけは
東日本大震災が発生し、
はじめて現場である茨城県のいわきを
訪れ
、その凄惨な現場を観て、聴いて、
感じて、触って、匂ったその衝撃の大きさに
打ちのめされことにはじまります。

はじめていわきを訪れ、路線バスで
被災地を周り、窓の外に観える衝撃的な
瓦礫が散乱するその現実に、
そして窓の中で一緒にバスに漂う
どんよりとした雰囲気、
それは今でも明確に思い起こすことが
できる衝撃的なものでした。

それから8年間、ことあるごとに、
被災地を訪れ、その甚大すぎる被害と、
復旧、復興活動に尽力されている
被災地の方々に触れ、
復旧、復興の現場の埃にまみれ、
何度も絶望感に打ちひしがれ、
まろんの圧倒的な無力さを痛感しながら、
現場の「真実」を伝えるためにも、
ブログの記事を積み重ねてきました。

昨年2月がまろんが被災地を訪れた最後で、
それから1年以上被災地を訪れることが
できていないのですが、
その昨年2月の段階では、
福島第一原子力発電所付近以外については、
相当程度復旧、復興が進んできており、
まろんが復旧、復興の判断基準としている
交通網についても、ほとんどが復旧しています

そして最後に残っていた宮古と釜石を結ぶ
JR山田線が、3/24に三陸鉄道に譲渡され
久慈と盛を結ぶ国内最長の第三セクター
三陸鉄道リアス線として生まれ変わり、
完全復旧を実現します

本当に長い長い道のりでしたが、様々な
紆余曲折の中で、交通網については
ここまでに辿り着きました

なお、最後に残っている福島第一原子力発電所
付近の路線についても、富岡-浪江間が
今年の秋には復旧する予定で、
これにより東日本大震災によって被災した
すべての交通網が復旧することになります。

まろんブログが今こうして続いているのは
東日本大震災のあまりにも甚大すぎる
被害を現場で目の当たりにしたことにはじまりますが、
2011年3月11日以降の記事で書いてきたとおり、
復旧、復興が進んでいるところもあれば、
前回の記事で書いたとおり
いまだ多くの被災者の方々が、
避難生活を余儀なくされている現状があります。

これからもまろんブログでは、できる限り
現場に赴き、訪れ、観て、聴いて、
触って、感じて、匂って、時には味わって、
現場の「真実」を伝えることを続けていきます。

まずは三陸鉄道リアス線が久しぶりの
訪問のはじまりになる見込みです
posted by まろん at 00:18| 東京 ☀| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする