2013年08月14日

3泊4日釜石・宮古・久慈旅行記~宮古・久慈編~

※この記事は「3泊4日釜石・宮古・久慈旅行記~釜石編~」の続編です。

8/13 福島から仙台、新花巻、釜石と続いた旅路は宮古まで続いてきました。
宮古に到着したら、すぐに荷物をロッカーに預けて、街をぶらぶらして、
どうしたものかと悩んでいたのですが、宮古にきたら浄土ヶ浜には行かないと、
ということで、タクシーを利用して、浄土ヶ浜に行くことにしました。

まろんはあまりに著名な観光地は好きではないのですが、三陸リアスの海岸を
観る絶景といえばやはり浄土ヶ浜になるなあと思って浄土ヶ浜にしました。
ちなみに、被災状況を克明に記載することに気を取られてしまって、バス路の
景色についてなかなか書かなかったのですが、あの被災をした後とはいえ、
三陸、リアスの絶景はそれほど大きくは変わっていません。
つまり、元のままではないでしょうが、心洗われる美しい海と入り組んだ海岸線を
魅せてくれます。
特にバス路だと、鉄道が通れないところを、鉄道が通らない場所からの絶景を
観ることができました。
なので、是非東北の美しい海を観に行ってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、宮古に到着すると、なんとなく涼しい風が吹いて、気持ちよい心地がしました。
気温は27度ぐらいらしく、この日は39度もあったと大騒ぎのメールが届いた実家の
大阪に比べれば、雲泥の差ですね。(笑)
さすがに、ここまで北方の海岸線にきたら、避暑ができるのですね。

浄土ヶ浜に到着したら、ひとめ浄土ヶ浜の美しい景色を観てから、写真などに
よく掲載されている浄土ヶ浜のシンボル?がある奥浄土ヶ浜まで歩いて
いくことにしました。
浄土ヶ浜には本当にたくさんのうみねこ達が群れを作っていて、まさに目の前で
見ることができます。まあ、観光客が餌付けしてしまうということもあるのでしょうが、
こんなに間近でうみねこを見る機会はそんなにないので、よい経験をしました。

奥浄土ヶ浜に到着すると、なんと海水浴をしているではないですか。
といいますか、それは当然ですね。
こんなに綺麗な海だったら、それは泳ぎたくなりますよね。
ただ、景色を見に来る観光客と海水浴のギャップがなんとなくあっていないような
そんな印象も持ちました。

奥浄土ヶ浜の景色を楽しんだら、バスに乗って宮古まで戻り、ロッカーから荷物を
取り出したら、東日本大震災である意味で復旧・復興のシンボリックに存在になった
三陸鉄道北リアス線に乗って、久慈を目指すことにしました。
宮古→小本

東日本大震災によりある意味では致命的といえるようなダメージを受けた三陸鉄道
ですが、一部区間がまだ不通になっているとはいえ、まろんが過去に一度乗ったときと
同じ雰囲気と姿で、復活しているというのは、なんともうれしい限りです。
関係各者の大変な尽力と、全国的な支援、応援のおかげであることは
想像にかたくないですが、それにしても見事です。

ただ、前の記事にも書きましたが、思っていたほどの乗車率ではないことが
ちょっと気になりました。
まあ、まろんが乗車したのは16時台で、かつお盆で皆さん休んでいる時間かも
しれませんので、仕方ないのかもしれませんが、今後の成り行きが気になります。

まろんのいつもの残酷なほど客観的な、個人的な考え、意見としては、
JRのBRTのようにバス化が最適ではなかったのかと思っています。
ある意味でつぶせない、つぶれない、つぶしてはならない存在になってしまった
そのいい面と悪い面をうまく利用して、本当に心から今度の発展を願います。

小本に到着したら振替バスに乗り換えて、
小本→田野畑
田野畑で再び三陸鉄道北リアス線に乗り換えて、
田野畑→久慈

宮古から久慈までの区間は、東日本大震災後はじめて訪れるのですが、
釜石宮古間と同様に復旧しているところと復旧できていない、できないところの
差が激しくなっているようです。
ちなみに、歴史から学び壮大な堤防を築き上げたにもかかわらず、自然の恐ろしい
までの勢いにより、大津波によりその堤防が破壊され、被災した田老地区について、
駅から遠目にしか見れなかったですが、堤防があったであろう部分が破壊された
海岸はよく見れました。
次回はこの地に降り立ち、観て、聴いて、感じて、匂って、考えたいと思います。

それにしても、まろんが訪れた地は、最南端はいわき付近、名取、石巻、気仙沼、
志津川、盛、釜石、宮古などですが、これだけの広範囲を一挙に、一瞬で甚大な
被害をもたらしたあの東日本大震災のすさまじさを改めて感じてしまいます。


さて、久慈に到着したら、再びロッカーに荷物を預けて、久慈の街を散策することにしました。
とはいえ、久慈に到着したのは19時前だったのですが、ほとんどの店が閉まっている
状態で、久慈に来たら、海はもちろん琥珀という石を見ようと思っていたのですが、
物理的に当初の目的が達成できなくなってしまいました。。。
まあまた田老地区と一緒に来ることにします。

久慈の街を散策していると、特にお店の家の前で何かを燃やしている光景が
ちらほらと目に付きました。
何をしているのかと思っていたら、どうも先祖の見送りのための儀式のようで、
全国的な儀式だったようです。
ちなみに、まろん家にはないと思います。。。多分。

それにしても、どのお店にもNHKの朝の連続ドラマ小説のポスターが貼っており、
まさに街全体で盛り上がっている感じです。
ちなみに、街を歩いていてもっとも驚いたのは、ほっかほっか亭という弁当屋さんで
「生うに丼」を販売していたことでした。
地方に行くとチェーン店に遭遇することがあまりないのですが、全国津々浦々を
歩いていて、チェーン店でこういう形で名産品を売っていたという記憶がありません。
ただ、戦略としては当然といえば当然なのですけどね。

久慈の街を散策し、若干汗ばんできたため、ホテルの料理店に入って、
生ちらし丼を食べることにしました。
残念ながらうには入っていませんでしたが、いくら、ほたて、サーモン、いか、
はまちかぶりが入っていて、ホタテ以外はかなりおいしかったです。
ただ、どうも現地のとれたて、というものではないように感じました。

久慈の街を楽しんだら、ロッカーから荷物を取り出して、JR八戸線に乗り換えて、
久慈→本八戸

この区間は八戸に近い種差海岸あたりでは、美しい海と神社、うみねこの大群の
ハーモニーを観ることができるのですが、今回は夜ということで、観ることは
できませんでした。
ちなみに、JR八戸線は冷房設備がない区間で、この暑い、熱い夏には
かなり辛い路線です。
今回は夜だったため、なんとかなりましたが、真夏に冷房設備がない路線で
記憶があるのは、新潟県の小谷と福島県の会津若松を結ぶ只見線です。
只見線は5時間ぐらいの旅程のため、八戸線は2時間弱なので、そういう意味では
楽チン?なのですが、いずれにしてもなかなか大変な旅程になります。(笑)

ちなみに、本当は八戸のホテルを予約したつもりになっていたのですが、
まろんのミスで、ホテル予約サイトの最寄り駅の欄に「本」が入っていたようで、
違う駅のホテルということになってしまいました。
まあ、それはそれで楽しい経験ですね。

ホテルにチェックインしたら、新しい街ということで、いつものとおり街の散策に
行くことにしました。
到着した時間が22時半頃でほとんどのお店はしまっており、また八戸という
基幹駅からも離れていたため、その分閑散とした雰囲気に拍車をかけていました。
ということで、ほとんど観れるところもないため、コンビニで飲料を買ったら、
すぐにホテルに戻りました。

ホテルに戻ったら、お風呂に入って、ブロブを書いて、再び深い深い眠りにつくまろんなのでした。
posted by まろん at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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