2020年02月19日

武漢肺炎についてのまろんのはじめての見解②

前回の記事で昨年12月から発生している
武漢肺炎について、はじめての見解を
書きました
が、今日はその続き
ということで、政策論の話を書くことにします。

政策論、というと難しい話のようですが、
最近まろんが最も信頼している論客でもあり、
情報史学のスペシャリストの
江崎道朗氏がネット番組で紹介していたことを
書くことによって、今回の武漢肺炎に対する
政府の対応の問題、課題と、
今後の対策、対応について書きます。

これは政府に限らず、会社や組織でも、
基本的にすべて当てはまることだと
思いますが、政策というものが実際に
実行に移されるまでの間には、
以下の6つの過程、プロセスを踏む必要があります。

1.意思、意志、目標設定
2.情報の収集
3.情報の分析
4.情報の評価
5.政策の立案
6.政策の実施計画

この6つの過程、プロセスを経ることで、
最終的に政策の実行が実現できるわけです

こうやって書いてみると、おそらくすべての人が、
何らかの行動を実行に移すまでにこれらの
過程、プロセスを経由していることに
気づかれるのではないでしょうか?

もちろん仕事をしている人、
仕事で特に管理者の役割を担う人、
経営の立場に立っている人は、
常にこれを実施しているでしょうし、
この過程、プロセスのどれが未熟であっても、
最終的に政策の実行へとつながらないばかりか、
仮に政策を実行しても、望んでいた結果に
ならないという悲劇的なことになります。

さて、ここで武漢肺炎の話に戻りますが、
今回の武漢肺炎のきっかけは昨年の
令和元年12月頃

危機管理の一部の人は、そのことに気づいていた
形跡はあるようですが、ほとんどの人は
それに気づかず、普通の生活を送っていました

それから1か月が経過し、事態がどんどんと
悪化し、もはや武漢ないしは中国でも
それを隠し切れないという段階になり、
現在のような状態へと進んできたわけですが、
政府が政策を実行に移すためには、
先述の1.~6.の過程、プロセスが必要不可欠で
あるにもかかわらず、
感染病、そして発生場所が中国、ということで、
徹底的に、明らかに不足していたのが、
2.の情報の収集です

そして江崎道朗氏が最も指摘されていたのが、
戦後、敗戦国のレッテルを貼られ、
手かせ足かせをはめられてしまった
我が国に最も不足している能力が情報収集であり、
それを司る機関、人員がいないということなのです

戦前の我が国には、戦後の米国をはじめとした
多くの国が模範とするような情報機関があり、
情報収集については、秀でた能力を堅持していました。

しかし、戦後、敗戦国となった我が国は、
そのような機関も、人材も亡きものとされ、
他国の情報に頼らざるを得ない状況に
陥ってしまいました。

今回の武漢肺炎、新しい伝染病という事態に
対峙するために、最も必要とされる情報の収集が
欠如したことが、その後対応の遅れを
導いたというのは、明らかに事実であろうと
まろんは考えています。

もちろん東日本大震災という、ほとんどの国民が
その必要性を目の当たりにしたにもかかわらず
緊急事態における非常措置を取ることができる
憲法改正を含めた法律の整備ができていない
というのも、この事態に拍車をかけたのは
間違いありません。


ちなみに3.の情報の分析、4.の分析の評価、
という点については、危機管理に強い現政権により、
国家安全保障会議(NSC)が創立されたことで、
一定程度実現できているといえます

ただし、今回の武漢肺炎については、2.の
情報の収集が不十分過ぎたことで、
NSCの開催自体が行われていないようで、
まさに絵に描いた餅になってしまっています。

もしかしたら、感染力が強いものの、
致死率が低すぎることで、身に迫るような
危機感が醸成しずらいということも
あったのかもしれませんが、
今後どうなるかわかりませんが、
次により深刻な感染病が発生した場合に、
着実に対峙できる体制の整備が求められているのは
間違いありません。
posted by まろん at 22:58| 東京 ☀| Comment(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

明日は自宅勤務、、、武漢肺炎についてのまろんのはじめての見解①

昨日の記事で今日2/18から9時半出勤、
と書きました
が、明日2/19は自宅から
リモートで仕事することになりました。

というよりは、自己判断で時間差出勤するか、
リモートで仕事するかを選択できるように
なっているのです。

そのため明後日2/20は時間差で出勤する
予定にしています。


さて、12月から今日まで、中国から発生した
新型コロナウィルス、
通称、武漢肺炎、武漢熱とも呼ばれていますが、
の経緯を「表の世界」の情報と、
「裏の世界」の情報をしっかりと見据えた上で
総合的に、俯瞰的に、そしてまろんの主観を
含めた考えを書いてみます

ちなみにまろんがこの件について記事に書くのは
今回がはじめてになります。

まろんの考えとしては以下の2点になります
1.戦後、阪神淡路大震災や東日本大震災などの
甚大な犠牲の下で、血の涙を流しながら、
我が国が学んだ危機管理が、不測の事態に
まだ全く対応できないという現実が
まさに今ここに表出されているということ

戦後一貫して我が国にはめられている
重い重い手かせ足かせがまだ健全と残っていて、
がんじがらめになっているという現実が
浮き彫りになっています

2.しかしながら、一方で、その手かせ足かせの中で、
なんとかもがきながら、強大すぎる壁を乗り越え、
少しずつ、ちょっとずつでも前進しているという
現実もしっかりと表れはじめています。

例えば他国より相当早い段階で、発祥地の武漢から
希望するすべての日本人を国内に連れ戻すことが
できたというのは、前進していることの一つと言えるでしょう

ただし、ここはまろんも理解できないところですが、
既に12月の段階で我が国に侵入されてしまっているとはいえ、
未だ中国からの入国を一括して禁止しないことや、
方針が一貫しないことなど、
普通の国民が混乱してしまう現実の判断が
目に見えてしまっているのは、危機管理が稚拙であるとの
そしりは免れないでしょう


我が国は先述の阪神淡路大震災や東日本大震災、
昨年令和元年の台風15号、19号など、
様々な甚大な災害に見舞われますが、
その結果として、危機管理ということでいえば、
災害対応については、ある程度の実績と
積み重ねをしてくることができました。

そういう意味では財務省の財政政策を
渋っている関係で、国土強靭化は、
一向に進まないものの、災害への危機管理、
災害発生後の対応などについては、
ある程度基盤ができているといえます。

しかし、それは何度も経験しているから、
というに過ぎません。

一方で今回のような感染病、その防疫、
という点で言えば、実績を積み重ねるほどの
経験を積んできていません

とはいえ、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)
のときには、各空港に設置した体温センサーにより、
我が国の感染者は0人という成果をあげ、
我が国の防疫体制については、ある程度の信頼性が
担保されていたはずでした。

しかし、それから20年近くが経過し、
今回の感染源である中国から我が国への入国者は
当時の100倍近くにもなったことや、
そもそも今回の武漢肺炎は、すぐに発症しないため、
体温センサーをすり抜けてしまう、という特性があり、
結果、「想定外」ということで、現在の状況に至っています

こうなると、早い段階で国家として打つことができる
手立ては4つになります
①中国から、あるいは他の国からの我が国への
入国をできる限り広い範囲で制限する
②我々国民に対して、予防対策を励行する
③水際対策に資する機器等を開発する
④ワクチンを開発する、特効薬を開発する

③や④はすぐにはできないものは、
既に武漢肺炎の「株」は入手し、
対応は進んでいるようです

またなんだかんだ我が国の衛生状態、
栄養状態は世界でも秀でていることと、
医療体制も整っていること、
優れた国民性により、危機を察知して、
②がなくても、自ら進んでマスクやうがい、
手洗いをしっかりと実践することなどから、
我が国の感染者は、①を行っていないにしては、
著しく少なくなっています。

季節性インフルエンザの新型による感染者や
死者と比べるとはっきりとした差があります。

そういう意味では、我が国の危機は国民が
自ら管理し、守っているということも言えます

そしてこのことは国家の行政を司る行政組織が
まだまだ危機管理については、
後塵を拝しているともいえるのです

では、行政組織が本来あるべき、危機管理、
安全保障を実践するためには、いったい
何が必要なのか?
そのことについて次の記事で書くことにします
posted by まろん at 02:08| 東京 ☀| Comment(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする