2015年04月28日

1泊2日石巻・女川旅行~外伝~

今回もいつものとおり「1泊2日石巻・女川旅行~前編~」と、
「1泊2日石巻・女川旅行~後編~」を 振り返って、色々と書き留こうと
思います。

①今回の旅行の目的は、東日本大震災の
被災地である石巻や女川、その途上にある
野蒜などの復旧、復興状況を観て、聴いて、
感じて、匂って、それをブログ等で紹介する
ことにありましたが、詳細はそれぞれの記事
で書きました。

ここで改めて書く必要はないですが、被災地の
復旧、復興の状況は、かなり進展していると
言ってもよいと思います。
それは被災地の人々、そして彼ら、彼女らに
協力されている人々の心が、過去を振り返りながらも、
前へ前へ、現在→未来へと進みはじめたことに
よるのだろうと感じました。
もちろん景気が回復傾向にあり、不十分ながらも
被災地に経済的な力が加わったことも遠因として
あるのでしょうが、いずれにしても、とどまることのない
復旧、復興の歩みが続いていくことでしょう。

ただ、先日のネパールの大震災からも明確なように、
我々が住む地球は、かなりの活動期に入っており
まろんブログで繰り返し書いているように、
再び東日本大震災と同様の大震災、大津波に
見舞われる可能性がないとはいえません。

我々が生きている間に訪れるかどうかも
わかりませんが、後生の者達のためにも、
人として何を心得、何に備え、何をしなければ
ならないのか?
そのことに改めて心を馳せなければなりません。

ブログで紹介した女川の医療センターには、
石碑がありました。
そこには女川の中学生達による石碑があり、
そこに今回の東日本大震災から得た教訓として、
書かれたメッセージがありました。

それは現場で観ていただきたいと思いますが、
街がほぼ全壊した中で、血のにじむ苦悩と悲しみ
から搾り出された後生に伝えるために残された
メッセージです。

もはや東日本大震災のあの惨劇が過去のものに
なりつつあるのでは?と疑いたくなるような出来事、
マスメディアから流されるくだらないニュースの数々
人間は過去の出来事からなかなか学んでいけない
悲しい習性を持っているのは知悉していますが、
そうではない1人でも多くの人と、
「過去」→「現在」→「未来」の過程を築いていきたい
と感じた旅路でした。

②4/26の復路は、
石巻→小牛田
小牛田で臨時快速リゾートみのり号に乗って、
小牛田→新庄
と少し遠回りして、帰ることにしました。

この旅程は、石巻のホテルで夕方寝をして、
真夜中色々と考え事をしているときに
ふっと浮かんできた案で、まさにまろん旅の
本領発揮のような復路でした。

小牛田新庄間は、山間の鉄路を走っているのですが、
もう4月で、東北とはいえ結構暖かい日だった
にもかかわらず、冬の間に降り積もって、溶け残った
雪をあちこちで見ることができました。

新庄からは新幹線つばさ号で、宇都宮まで
乗車したのですが、米沢と福島間の山間でも
同じような光景を目にしました。

雪が見たい!!というのも、まろんブログの
恒例ですが、意外なところで雪を見てしまった
というような旅路でした。

ちなみに、臨時快速リゾートみのり号での
小牛田と新庄間は、最上川沿いに走行する
絶好の見晴らしで、沿線には温泉街も多く、
ゆっくりとできる温泉旅には絶好の場所です。

③女川で足湯を楽しんだことは記事で
書きましたが、そのときの写真がこちら
画像


おそらく何十年と日にあたっていない
まろん足は、ホワイトです。。。(笑)

④今回の土産は、
石巻で買った笹かま?笹かま風?
画像


新庄で買ったこんなおしゃれなお菓子と
そしてお酒好きが喜びそうなお豆
画像はこちら
画像


画像


次に石巻、女川を訪れるときには、仙石線も
全線復旧(5/30に開通)していることでしょう。
そのときはまたまろんブログの記事で
紹介したいと思います。

次は北陸も気になりますが、九州?
やはり気仙沼、釜石、志津川などの
被災地になるかもしれませんね。
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2015年04月27日

1泊2日石巻・女川旅行~後編~

※この記事は「1泊2日石巻・女川旅行~前編~」の続編です。

石巻に到着して、石巻のビジネスホテルに
到着したら、仙台の新幹線ホームで
買っておいた駅弁を取り出し、遅い昼食を
食べることにしました。

遅い昼食というのは17時頃のことをいうのでした(笑)
ちなみに、これは想定外で、どこからのタイミングで
食べるはずだったものが、そのタイミングが全く
なかったため、ホテルまで持ち込むことになって
しまったのです。。。

ちなみに、この駅弁は牛たん三彩というもので
そぼろ状の肉まで牛タンで作っているという
こだわりの弁当で、もちろん美味しいのです。
本当に我が国の駅弁のグレードとレベルの
高さにはびっくりしてしまいますね。

駅弁を食べたら、石巻の街の復旧、復興状態を
確かめるために、すぐに出かける予定だったの
ですが、前回の記事で書いていたとおり、
4/21の神楽坂イタリアン4/23の人生で最高の
誕生日前夜
と、
余りにも楽しい、嬉しい、興奮の日々が続いて、
寝不足だったようで、ついついうとうとと
ホテルのベットで眠ってしまって、
ふと目が覚めたら、なんと22時半!!
まじっ?

夜とはいえ、なんとかなるかな?ということで、
あわてて石巻の街に繰り出すと、さすがに
石巻、というか東北。
かなりの冷え込みで、寒いくらい。
それでも、石巻の海岸、川岸、街中を見て回りましたが、
女川で、その復旧、復興の勢いみたいなものを
観て、感じてきたところなので、正直なところ、
なんとなく牛歩的な復旧、復興のように感じてしまいました。
そして、なんとなくまとまりがない???復旧、
復興のようにも感じました。

これは、街の人々のまとまりや絆の違いなのかな?
と一瞬思った後にふと思ったのは、これはまろんの
あくまでも推測、想像なのですが、おそらくは街の
被害状況の甚大さ、過酷さの違いなのかもしれません。

石巻の被害も、もちろんとんでもなくひどく、甚大で、
多くの犠牲者と甚大な被害をもたらしましたが、
女川の場合は、一言で言えば街そのものが
なくなってしまった、そんな被害状況でした。
街を襲った津波は、おそらく20mを超えていて、
実際「1泊2日石巻・女川旅行~前編~」で登場した
医療センターは20m程度の高台にあり、
4,50段の階段を上ってやっとたどり着くぐらいの
ところなのですが、そこがまさに津波の到達地点
でもあったのです。

女川は10段階でいえば、限りなく0になったために、
まさに1から作り上げることに集中できたが、
石巻は2か3ぐらいに被害を食い止めることができた
一方でそこから作り上げる際に、集中できない
様々な事情が生じてしまった、ということが
あったのではないでしょうか。

とはいえ、新しい橋が建て替えられていたり、
堤防の整備がされていたり、まだまだとはいえ、
復旧、復興の歩みが、前に進んでいることは
観て、感じることができました。
油断や安心はできませんが、このまま前に
進んでいってくれることでしょう。

石巻の街の散策でかなり歩いて、なんとなく
お腹がすいてきたので、ホテルの近くのコンビニで
軽い夕食を調達して、遅い遅い晩御飯を食べて、
1時間ばかりくつろいでから、遅い遅いお風呂に
入って、しばしくつろいでいたら、あれだけ夕寝を
したにもかかわらず2時過ぎにはぐっすりと眠りに
つくまろんなのでした。

これほどまでに楽しい1週間だったということ
なのでしょう。
もちろん、今までは絶望だけしか感じられなかった
被災地の歩みを感じられてほっとした面も
あるのかもしれませんが、、、

帰路などは、いつものとおり外伝で書くことにします。
posted by まろん at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月26日

1泊2日石巻・女川旅行~前編~

先日の記事で予告していたとおり
4/25、26の1泊2日で宮城県の石巻と
女川へ行ってきました。
さて、どんな旅路で、そして東日本大震災からの
復旧、復興の状況はどうだったか、、、


4/25
4/21の神楽坂イタリアン4/23の人生で最高の
誕生日前夜
と、
楽しい楽しすぎるイベントが充実した今週は
その興奮の影響もあって、少々寝不足の気配
があったのですが(このことが後々響いてきます(笑))、
やはり旅行となるとちゃんと起きれるもので、
朝6時半頃に起床したら、朝食にコーンフレークと
菓子パンを食べて、残っていたコーヒーを飲んで、
身支度を整えたら、いつものとおり、元気いっぱい
自宅を出発しました。

ちなみに、まろんが旅行するということで、
いつものとおり?快晴でした。
ただし、若干暑いかな?

最寄り駅の東京メトロ東西線の葛西駅まで徒歩で
向かい、
葛西→大手町
大手町でJR東京駅に徒歩で向かい、
東京→宇都宮

上野東京ラインが開通して、上野で乗り換える
必要がなくなったので、すごく便利になりました。

宇都宮からは旅の味方?ファイナルウェポン?の
新幹線に乗り換えて、
宇都宮→仙台

あっ、ちなみに今回利用したトクトクきっぷ
JR東日本の「週末パス」で、追加で特急券を
購入すれば、乗車券を買わなくても、新幹線
などにも乗ることができます。

ちなみに、4/25は一応GWのはじめ、とも
言われているためか、そもそも最近景気が
良いので、旅行客が増えているためなのか、
いずれにしても、まろんの想像よりは
乗車率は良いようです。

仙台に到着したら、5/30に全線復旧するもの
一部は代行バスの状態の仙石線に乗り換えて、
仙台→松島海岸
松島海岸でJR代行バスに乗り換えて、
松島海岸→矢本

松島海岸と矢本間、
厳密にいえば、高城町と陸前小野間は、
まろんブログでも何回も登場していますが、
東日本大震災から4年を経過していても、
まだ代行バスが走っている区間で、被災状況が
非常に激しい区間でもありました。

5/30に仙石線は全線復旧しますが、まろんが
最も心を痛めていた甚大な被害を受けた野蒜駅
駅そのものがなくなってしまった東名駅は、
既存の駅からは少し離れた位置に移動して、
復旧することになったようです。
そのため、野蒜駅についてはぼろぼろに
被災した駅の様子を観ることができました。

ただし、実はこの元の野蒜駅には希望もあります。
というのは、まろんブログでも紹介したことが
あると思いますが、旧駅舎は建て替えられ、
被災地の方々、ボランティアや工事関係者などの
地域の拠点として、昨年コンビニなどとして、
生まれ変わっているのです。

ちなみに、東名や野蒜周辺については、
今までここを通ったときにはなかなか
感じられなかった復旧、復興の気配を
感じることができました。
一番最初にここを通ったときの、絶望感、
それは薄らぎ、少しずつではあると思いますが、
それを乗り越える希望を感じさせられました。

矢本に到着したら、次の列車まで時間が
あったので、いつものとおり?街中を
ぶらぶらと歩いていると、なんとなく気になる
スーパーがあったので、軽食を買うついでに
入ってみました。

このお店で一番びっくりしたのが、なんとも
大きいとんかつやチキンカツなどの
ボリューム満点の手作り弁当が、250円という
とんでもなく安い値段で売られていることでした。
どんな素材を使っているのかと思って、
じろじろ?見てみましたが、ぱっとみでは
おそらくコンビニ弁当よりは、よさそうな
感じでしたが、なんかすげぇ(笑)と、
ちょっと感心させられました。

売っている数も多く、誰が消費するのかと
ちょっと心配にもなりましたが、
工事関係者とかかな?
ちょっとした一面を垣間見た感じでした。

スーパーで軽食を調達したら、矢本駅に戻り、
矢本→石巻
石巻で乗り換えて、
石巻→女川

最初に女川を訪れたとき
まさか女川駅がこんなに早く復活するなんて、
正直夢にも思えませんでした。
それほどまでに、女川の被害状況は、まさに
言葉では言い表すことができない甚大なものでした。

そして、昨年夏に再び訪れたときでさえも
まさかその半年後に女川駅が復活するなんて、
夢にも思っていませんでしたが、それが
まさに現実となって、目の前に現れたのです。

駅の回りは、まだまだ工事が進行中で、未整備な
ところもあり、途上の段階にあるとはいえ、
これだけ立派な駅舎になって復活し、
前へ前へと進んでいる、そういう雰囲気と
道筋が見えるようです。
昨年訪れた際に、仮設住宅がマンションに
なっていたりしていましたが、おそらくこの街の
人々が、現実と向き合って、議論し、未来に向けた
果断な決意と、そして勇気を実践した結果として
もたらされたものであろうと推察します。

街をぶらぶらと歩き、海を見たり、工事の状況
などを見た後、昨年夏に再び訪れたときに、
高台にある医療センター内の復興食堂で食べた
美味しい海鮮丼を食べるために、医療センターに
行ったのですが、どうも土日はお休みのようで、
同じく医療センターの敷地内にある喫茶スペースで、
ソフトクリームだけを食べて、駅に戻ることにしました。

新しい女川駅には、おそらく天然ではないと
思いますが、温泉があり、駅前には足湯スペースも
あります。
女川駅の展望スペースでぶらぶらとしてから、
足湯を楽しんだら、駅に戻り
女川→石巻

この日の宿泊は石巻のホテルで、2年前に
泊まったことがあるホテル
と一緒のホテルです。

続きは後編へ
posted by まろん at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする