2015年01月24日

消極的転職活動を開始しました!!

昨年の夏、8/21に長い長い転職活動が終わって
今の仕事に就いて最初の年を無事に越して、
早くも5ヶ月を経過し、6ヶ月目を迎えようとしています。

まろんが仕事を選ぶ際の志望順位というのは、
1.仕事の内容
2.給与
3.勤務地
で決めるのですが、今回の仕事はそのすべてが
合致している仕事で、満足度は高いのですが、
ただ、まろんが当初想定した以上に仕事量が
愕然と少なく、正直なところ、かなり暇な時間を
過ごすことが多く、物足りなさが深いのは
否めないところです。
このことは以前記事にしましたので、ご記憶の方も
おられるかもしれません。

そんな状況にあるため、昨年夏までに繰り広げていた
まろんから積極的に色んな企業にアプローチしていく
転職活動ではないのですが、
厳選した転職サイトに、自己の職務経歴を登録しておいて、
その内容を見た企業側から、「スカウト」という形で
オファーを提示していただき、その内容を拝見して、
まろんが返信して、面接等が始まるという、
消極的な転職活動を、昨年末ぐらいから開始しました。

もちろん、ポイントは先に書いた3点。
今までの経験を生かし、お客様の、クライアントの、
会社の、そして従業員の成長や発展、安心、満足に
貢献し、達成感、充実感を享受できる内容の仕事。

暇な時間が多いということは、派遣社員で、時給で稼ぐ
まろんとしてはその分だけ、想定より「2.給与」が
減ってしまうことにもなりますし、そこを充足できる仕事。

ちなみに、勤務地は、日本海外、どこでもOK。

さらに、そもそも正社員として雇用されたら、一生安泰という
人の甘え、弱さを助長させてしまうだけの効果だけになってしまった制度の影響が、
我が国の経済をおかしくしてしまった根本の原因であると
まろんは認識していますので、そのことの価値は
眼中にはなりのですが、入手できる情報量などが、
正社員と派遣社員ではどうしても格差が発生し、
思いもよらないことが進行していても、把握できない
ことが多々発生し、多くの不幸をもたらしているいますので、
そういう事態を未然に防ぐためにも、まろんが正社員として、
中枢を担う必要がある、という想いから、できれば
正社員として働ける仕事。

最後の点については、社会全体が仕事の本質、
本分をしっかりと見極め、普通に仕事ができる
時代になってくれば、どうでもいいところでは
あるのですが。。。

ということで、まろんは再び新たな一歩を踏み出そうとしています。

正社員という「身分」に守られているという勘違いをして、
実際守られてしまっているのですが、自らを甘やかし、
成長も発展もできていない、あなたも、ともに
新たな一歩を踏み出してみませんか?
そのことの価値、人生における充実感、達成感は、
そして、ともに働く人たちの意識改革、危機感の醸成など、
もしかしたら、あなたにとって、そしてあなたのまわりの
人にとって、とんでもない大きなものになるかもしれません。

ちなみに、そもそも人の一生における価値というのは、
今正社員として働いているという価値ではなく、
人生の最後の段階で、自分の人生を冷静、客観的に
振り返って、満足できるかどうかということにあると
まろんは考えています。
そういう意味でも、もちろんリスクはありますが、
自己変革というのは大きな価値のあることだと
まろんは思います。

といいながら、今回のまろんは消極的な活動なので、
派遣契約の期限がきたら、そのまま更新になるかも
しれませんけどね。(笑)
posted by まろん at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

裏の情報?

かなり以前の記事になりますが、まろんブログでは
「真実の行方」という記事において、
9.11同時多発テロを題材にして、我々が目の前で
接している様々な情報について、それが「真実」
であるかのように伝えられるがために、
そしてそれが「真実」であるかどうかを
確かめる直接的な手段を持たないがために、
その情報をあたかも「真実」であるかのように
思い込み、信じきってしまいがちであること。

そして、それを避けるために、その情報の表の側面と同時に
裏の側面を含めて、様々な角度から多角的に見て、感じ、
考えることが必要であることを書きました。

そのことが情報そのものの見え方を驚くほどに変革させ、
「真実」に近づくことができる最初の一歩になります。

さて、先日上梓した「宗教論2」の記事にも書きましたが、
今世界はイスラム過激派の脅威にさらされていると
いっても過言ではありません。
「宗教論2」を上梓した後もフランスでもテロが発生し、
その脅威はやむことがないと思っていたら、
今度は我が国の国民2人が人質にされて、
多額の金銭を要求される事態が発生し、その期限が
まさに迫っています。

人命が大事なことなんて、そんな当たり前のことは
当然誰もがわかっていることで、しかし、だからといって、
多額の金銭を渡してしまえば、我が国の国民の新たな
人命を失うきっかけにもなり、また我が国以外の国民の
多数の人命を失わせるきっかけになります。

また、彼らの野蛮な愚行によって、身体的にも精神的にも
そして経済的にも苦しみ、地獄のような日々を送っている
人たちを支援するために、行った我が国の支援金を取りやめる、
なんていうまさに蛮行を行うことも、同じ結果を生むと同時に、
彼らのしていることを助長し、逆に支援してしまうことになります。

テロリズムというのは、「脅威」を与えることで、人の心を
弄び、自らの要求に従わせる、という行為であり、
それに隷従することなく、世界が団結して立ち向かうために、
武器を持たなくても、強い心で立ち向かうためには、
仮に最悪の事態に陥ったとしても、金銭の支払いも、
そして支援金の取りやめもあってはなりません。

まあ、表現の自由ですので、誰がどのようなことを
述べようとそれは自由ですが、どれだけ冷静に、
そして客観的に、また主観的に考えようとも、
この結論が唯一の道であるとまろんは考えます。


さて、昨日たまたまウェブリブログ上のある記事を
見ていたのですが、その記事とはボストンマラソンに
おいて発生したテロがフェイク(にせもの)であり、
それらは映画撮影者によって撮影されたものである
というような内容のものでした。

切断された足の切断面、流血の状態など、
詳細な分析によるものですが、系統的には
9.11同時多発テロ陰謀説と同等のものであり、
それ自体の真偽も当然まろんにはわかりません。
しかし、そういう見方もなくはないのかな?と
いうlことは、認めざるを得ません。
そんなことをする理由は、「真実の行方」で書いたことと、
結構近いのかもしれません。

このように、ある意味、奇抜に視点を変えて見てみると、
今回の我が国の国民の人質事件も様変わりしてきます。

たとえば、こんな疑問がわいてでてきます。
1.何故何ヶ月も囚われるの身にあるにもかかわらず、
血色よく、また意志が強そうなしっかりとした目つきで
いるのか?
2.何故身なりが綺麗で、さっぱりとしているのか?
3.何故家族に身代金の要求があった際に、
多少なりとも支払う挙動がなかったのか?
※支払う挙動はあった、あるいは既に支払われている
可能性もありますが、情報としてまろんは持っていません。
4.そもそもイスラム国に参加したくて、イスラム国に
出向いた可能性が高い人が、何故人質になっているのか?
何故イスラム国の一員となっていないのか?
5.身代金を要求していながら、接触ができないという
情報もあるようですが、それは何故か?
本来の目的は何なのか?

もちろん、悪意や何らかの思惑があって、こんな内容の
記事を書いているわけではありませんが、ある物事について、
遠く高い地点から俯瞰し、冷静に、客観的に、考えてみると、
このような疑念が自然とわいてきます。

ITの発展などにより、世界が広くなったとはいえ、
世界中の様々な出来事の情報について、
「真実」に辿り着くことは変わらず並大抵のことではできません。
というか、それは不可能でしょう。

しかし、「真実」に辿り着くために、当たり前の発想、
普通の発想とは別に、まったく違う視点、違う角度から、
物事を冷静に、客観的に見ることは、変わらず重要であり、
肝要なことであるとまろんは痛切に考えます。

「真実」はいったいどこにあるのか?
何が「真実」であるのか?
そこを究明する姿勢が、様々なことを変えていく
その源泉になるということなのかもしれません。
posted by まろん at 01:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする