2014年10月27日

いろいろフライにしてみました

う~ん。やはり料理ブログになっている。。。


さて、今日も定時に仕事が終わったまろんは、
職場からの最寄り駅は半蔵門ですが、ちょっと歩くには
心地が良い、天皇陛下がおられる皇居を右手に見ながら、
靖国通りを経由し、九段下駅まで歩き、東京メトロ東西線に
乗車し、朝よりは若干ましなラッシュ客に
もまれながら、自宅がある葛西まで到着。

自宅から20mぐらいのところにある小さなスーパーで
東京に来てはじめて砂糖類の三温糖を購入し、
18時半ぐらいに自宅に帰りました。

とりあえず着替えをして、冷蔵庫を眺めると、
解凍しておいたカレイ、ごぼうカレーのときに使った
残りのごぼう、かぼちゃを取り出し、カレイは5枚におろし、
ごぼうはゴボウスティックぐらいの大きさにカット、
かぼちゃも2mm程度の厚さにカットしました。

ビニールに小麦粉、ボールに卵、ビニールにパン粉を
それぞれ用意し、小麦粉、卵、パン粉の順番で、
各食材をパン粉まみれにしたら、
フライパンに1cm程度の深さで油をひき、
揚げていきます。

このときなんと主食のご飯の残りもなく、もちろん
炊いていないことに気づいたのですが、
既にフライを揚げはじめているのに、ラーメンを
作るわけにも、焼きそばを作るわけにもいかないため、
冷蔵庫を再度眺めてみると、一昨日作ったおでんの
残りがあったので、今日はおでんを主食にしよう、
ということにして、おでんをレンジで温めます。

そんなこんなことをしていたら、フライもできあがり、
おでんも温まり、今日の晩御飯は異色の取り合わせ
ということなったのでした。
画像

奥がカレイフライ、手前右がかぼちゃフライ、
手前左がごぼうフライなのです。
posted by まろん at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月26日

まろん風おでん!!

土日はちょっと凝った料理をしたいなあということで、
今週はおでんを作ることにしました。

というのも、先日いつもの酒豪の女性たちと半蔵門で
ランチをしたのですが、その後のメールのやり取りで
おでんの話がでたので、
お~~、それなら次の土日におでんを作ろうという
ことになったのでした。
まあ、短絡的なまろんならではの発想なのです。
ちなみに、来週はロールキャベツの予定です。
理由は同じく、、、(笑)

おでんほど何を入れるかの取捨選択が多いメニューは
ないのではないかと思えるほどに、入れる具材は
結構考えます。
定番といえば、大根、卵、こんにゃく、練り物ですが、
練り物は最近は種類がとんでもなく増えているので、
スーパーで選ぶのも結構大変です。
それ以外にはじゃがいもをどうするか?
たこをどうするか?
すじ肉をどうするか?
そして、まろんのオリジナル色をどうするか?
などなど。

ということで、まろんは大根、卵、こんにゃく、
練り物でごぼう天、野菜天、ちくわぶ、餅いり巾着
がんもどき、そして里芋を具材に使うことにしました。

ちなみに、おでんといえば、以前まろんが小岩という
ところに住んでいたときに、チャレンジしたことが
あるのですが、そのときは大失敗、、、
なんか水とちょっとした鰹風味しかしない、、、
というような状態でした。
また、味の失敗はまあなんとかなるのですが、
おでんといえば鍋いっぱいに作らないといけない
というか、大量に作るものだという変な偏見が
あったため、その美味しくないおでんが大量に
出来上がって、四苦八苦したのでした。
ということで、今回のおでんは再挑戦になります。

ということで、味付けは、市販の鰹だし等を使い、
野球でいえば、ボールを置きにいった感が
満載で、市販の鰹だしの目安のとおり、
鰹だし1×水4、の割合でおでん出汁の基礎とし、
その後料理酒、みりん、醤油、隠し味に若干ポン酢を
入れて、約2時間煮込みました。
その画像がこちら
画像


そして、お皿に盛ったのがこちら
画像


味はまあ外れることはない美味しいものが
できたのですが、これから冬ということもあり、
今度は出汁から自作で作ってみようと思います。
posted by まろん at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月25日

腐った国民が腐った政治家を生む

先日新たに大臣になった2人が辞任しました。
それも死刑でさえも命令することができる法の番人と
いうべき法務大臣と
世界第三位の経済大国である我が国の経済を
司れる立場にもある経済産業大臣という大臣で、
現実は小説よりも奇なり、とはいいますが、
まさにその言葉がぴったりと合った出来事でした。

前者の法務大臣は、まろんが以前押上錦糸町近辺に
住んでいた際の選挙区にあたり、今だから書けますが、
明らかに政治家としての資質に著しく欠けるということを
直感で感じたものです。
そのため、あの2009年の政権交代の衆議院選挙のとき、
民主党を選択しようとは思ってはいなかったものの、
その人を選択するわけにはいかず、また当時の自民党は
明らかに腐っていたこともあり、まあ1回民主党にやらせて
みてもいいのかな?という妥協の産物として、
民主党に投票した結果、政権交代が起こり、
その結果、その後発生する東日本大震災→
政治の稚拙による2次災害、3次災害
という甚大な被害の引き起こしました。

このことはまろん自体の責任でもありますが、
まろんが当時思ったとおり、その人の資質には
明確な問題があることが表面化したことになります。


さて、後者の経済産業大臣ですが、この人のことを
考えていた際に、まろんの昔のちょっとした出来事を
思い出してしまいました。

高校1年生の文化祭のとき、まろんはクラスの催しの
メンバーとして、色々と準備をしたり、当日は催しの
係員として、動き回っていました。
その催しには、当然お金がかかるので、クラス全員から
千円ぐらいだったと思いますが、徴収し、その催しの
費用として使いましたが、最終的にそのお金が少々
余ってしまいました。
催しのメンバーは10名程度だったのですが、
先生にどうしたものかと相談したところ、
先生としてはおそらく頑張っていたことの成果?見返り?
として、おそらく善意の気持ちで、その程度のお金だったら、
ジュースでも買ってメンバーで使ったらいいんじゃないかと
いうことを言われたので、私を含めたメンバーは、
ジュースを買って、メンバーだけで使ったのですが、
まろんとしては若干違和感が残ったのを覚えています。
おそらくは、花でもいいので、クラス全体のための
何かに使うべきだったのでしょう。
こうやって、ブログで書くぐらいなので、それは結構
強い違和感だったと思います。


おそらく今回の辞任のきっかけとなった様々な行事、
出来事の中で、経済産業大臣の周りにいた人たち、
そのとりまき、そして彼らから接待を受けていた人達も、
それほど深くは考えず、軽い気持ちだったのではないか
とまろんは思います。

根元は税金という自分の腹が痛まないお金だから、
(彼らも一応税金は納めているとは思いますが、、、)
自分のために、自分達の利益のために、
経済産業大臣を当選させることで保持できる既得権のために、
地元で大きな顔をして、影響力を維持するために、
使っても、別にかまわない、
否、もしかしたら、経済産業大臣を当選させなければ、
自分達の明日はない、惨めなものになるのだから、
金で票を買わなければならない、ということだった
かもしれません。

一方で、接待を受ける方も受ける方で、根元は税金で、
それを納めているという困った自意識もあるのでしょうが、
ちょっとぐらいは自分達が得してもいいのではないか、
という意識だったのでしょう。
否、もしかしたら、票を入れてやるのだから、接待ぐらい
普通で、接待しないのだったら、別の候補者に投票するぞ、
だから金をよこせ!という意識だったのかもしれません。


結局のところ、ここにある構図というのは、損得勘定、
ただそれだけで、ただ単にお金に群がっているだけの
金の亡者のお話ということに過ぎません。
ただ、その世界にいる人達にとっては、変な仲間意識もあり、
皆がやっているから、というありふれた稚拙な気持ちで行っており、
罪悪感もないのでしょう。
よくある構図といえば、よくある構図です。

そして、そこには、政治にあるべき信念や理念、志、
国益や地域益、国民や市民、住民の生命、経済、
そういうものはどこかに飛んでいってしまっており、
本来政治に恃まざるを得ない人達の希望や願いをも
吹き飛ばしてしまっているのです。

このことは、ある意味で世界の津々浦々にあることであり、
戦前戦後に関わらず、我が国においても、変わることなく
存在していた慣習であるのかもしれません。

しかし、我が国の戦後の歩みは、その風潮を助長
させているという部分は、おそらくあるだろうとまろんは
感じます。

あの第二次世界大戦→敗戦の後、その大戦に至った経緯、
負けるとわかっている戦争をせざるを得なかったその理由を
深く掘り下げることもなく、安易に戦争は悪、
そして、自分のことは二の次にして、国家のため、家族のため、
人のため、後世の私たちのために、苦悩に苛まれながらも、
戦い傷ついた人を、まるで全てが悪者として、禁忌な人として
否定し続けてきた、所謂左翼的な考え、思想の人達に
占領されてしまった我が国は、
(本当は米国に占領されたのではなかったのかもしれません)
目の前に現れた思いがけない経済の勃興もあり、
理念や信念、志という人生の中で、人の根幹、本質と
なってくれるものではなく、先述したような損得勘定によって
自らの考えや行動を決めてしまうような存在へ、
いつの間にか転がり落ちてしまったのかもしれません。

あの生きるだけで精一杯だった戦後のことを考えると、
そのことを責めてしまうのは、心苦しいことで、
間違ってもいるのですが、しかし、既に60年以上もの
年月を経過した「現在」において、そろそろ「未来」を見据え、
愚かだった「過去」から、毅然と決別するときがやってきているのは、
間違いありません。

今回起こった問題は、そのきっかけとなることでもあります。
戦後の闇を、我々の中に眠る心の闇が光に浴びることによって、
我が国の今まで眠っていた潜在力、強さが発揮されることに
なるはずです。
今でこそ絶賛される我が国の様々な力が、なお一層大きな
強いものになることを、期待せざるをえませんね。
posted by まろん at 02:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする