2012年06月19日

はじめての「みかん」の動画!!

まろん家にやってきたロボロフスキーハムスターの「みかん」の
はじめての動画を公開します。

可愛いでしょう!!
どうぞ堪能(笑)してください!

posted by まろん at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ハムスター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

再びいわき、小名浜へ

2011/3/11の東日本大震災から約2ヵ月後の5/23。
そのとき、まろんブログの更新は停止しており、二度とまろんブログを再開することはないで
あろうと思っていましたが、5/23に被災地の様子を観て、聴いて、感じて、触って、匂って、
そしてわずかながらの経済活動をすることを目的に、被災地のいわきを訪れ、いわきから小名浜
経由で泉駅までの海岸線を走るバスに乗り、地震の被害そして何よりも津波による凄惨な被害を
目の当たりにしたまろんは、まろんができることについて自問自答し、まろんブログを再開する
ことにしたまさにターニングポイントの日でもあります。


その日から約1年後の2012/6/12。
まろんは1年ぶりに再びいわき、そして小名浜を訪れることにしました。
目的は当然のことながら、当時からの変化。復旧の進み具合を確認すること。
そして経済活動などです。

朝5時に起床したまろんは、自分で朝食の用意をしようと思っていましたが、何故か既に起き
ていたまろん母の作ったゆで卵、ソーセージ、トマト、おにぎりと野菜ジュースを食べて飲んで、
そして昨晩から元気いっぱい暴れまわっている夜行性のハムスター「みかん」をしっかり愛でて
から、いつものように元気いっぱい実家を出発するのでした。

最寄り駅の八戸ノ里まで歩き、
八戸ノ里→鶴橋→大阪→新大阪
この日は若干肌寒いぐらいの気温で、若干曇りがちなのが気になりましたが、夏に近い梅雨の季節
の旅行にしては、なかなか快適な天気といえるかもしれません。

新大阪で新幹線のぞみに乗り換えて、
新大阪→東京

東海道新幹線には早得きっぷというものがあり、乗車日の3日前までに予約をすると、EX-ICと
というICカード利用に限り、新大阪ー東京間が12,000円になるのですが、その対象は
ひかりとこだまだけですが、例外的に6時台に発車するのぞみに限り、このきっぷの対象と
なります。
ということで、今回まろんが乗車したのぞみも、この切符の対象でした。

東京に着いたら、改札口を出て、JR東日本の券売機でえきねっとで予約していたきっぷを購入
しました。
今回購入したのは、前日までにJR東日本のネット予約サイト「えきねっと」で購入すると特定の
区間に限り20%引きや35%引きになる「トクだ値」という割引きっぷで、上野(都区内)→
いわきの場合は20%引きになります。

東京→上野
上野で最近デビューした常磐線の新型特急スーパーひたち号に乗り換えて、
上野→いわき

それにしてもこの新型特急は快適です。
もともと常磐線は特急が15分程度ごとに走っている特急路線でもありますが、曲線が少なく、
130kmぐらいのスピードで快適に飛ばしまくります。
スピード狂のまろんには、スピードを堪能できる愛すべき路線ともいえます。

ただ、この路線は福島第一原子力発電所の事故による影響により、未だに途中駅が寸断されており、
復旧する糸口も見えない状況に陥っています。
先日JR東日本と福島県が、迂回ルートについての話し合いをしたというニュースがありましたが、
今度どうなるのか、本当に注目されることです。
ちなみに、昨年上野からいわきの区間は、震災の影響により、途中徐行運転を行っていたために、
通常よりも20分程度時間がかかったのですが、これについては昨年のうちに既に復旧しています。

いわきに到着すると、曇り空のためか、または前回は学生がわいわいと騒がしかったただけなのか、
あまり活気を感じることができず、ちょっとしたショックを受けました。
もしかしたら、東日本大震災のショックから立ち直りつつあり、人々が震災前の状況に戻りつつある
ということなのかもしれません。
それであればいいのですが。。。

いわきに到着したものの、前回と同様にバスを利用するか、電車で久ノ浜など北方向へ向かうか
逡巡しましたが、今回の目的に鑑み、前回と同様バスで小名浜経由泉駅を目指すことにしました。
心の重い道程ではあります。

バスに乗って、街中を走って、かなり復旧が進んでいるという印象を受けました。
前回は地震によって道がでこぼこも盛り上がっているところが何箇所もあり、ゆれにゆれまくった
バスも、バス特有の揺れ以外はほとんど感じれず、道路の復旧はほぼ完了している様子。
また、危険なため立ち入り禁止の赤札があった建物も更地になっていたり、立て直されていたり
して、ほぼその痕跡はありませんでした。

一方、前回凄惨な被害を目の当たりにした江名、橋出、塩屋崎などの地域は、津波で流されて、
傷つけられた建物は更地、または土台だけを残して、片付けられた状態で、おそらくそれらの
瓦礫と思われる山がビニールシートでかぶせられた状態で街
中にありました。
また場所によっては、その跡地が神社になっていたり、お墓が立てられていたりしました。

街のすぐ向こうには、恐ろしい魔物と化した海が、何事もなかったかのように美しく波しぶきを
立てている中で、再び訪れる可能性のある津波の恐怖を思うと、再び同じ場所に同じように家を
建てることは難しいと思いますので、この後どういう風になっていくのか、心配は絶えません。

ただし、そんな中でとりあえずの「希望」を見出すとすれば、紆余曲折、甚大な遅延があった
状況にある中で、被災者の方々の努力と我慢、ボランティアの方々の協力、良心的な多くの関係者
の努力によって、前には進んでいるという現実があるということでしょう。

泉駅に到着したまろんは、帰りの列車までの時間に余裕があったので、泉駅近くの小さな川の
ほとりで綺麗な水の流れに目と耳を奪われながら、そしてまわりの牧歌的な風景に目を奪われ、
時間をつぶした後、
泉→いわき
いわきから、再び新型特急のスーパーひたち号に乗り、このブログの記事を書きながら、
いわき→上野

上野に到着したまろんは、いつもの酒豪の女性達との女子会に参加するために、はじめて訪れる
大久保まで向かうのでした。
posted by まろん at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月11日

日本経済の成長のために~前編~

6/1 みかんが脱走劇を演じてくれたその日は、まろんが新しい会社の派遣社員として
新しい会社で働くことになった初日で、大学卒業後司法試験に失敗し、それ以降
業務委託で1社、正社員で7社、派遣社員で3社、契約社員(期間スタッフ)で3社と
経験してきましたので、今回で15社目の会社になります。

ただ、ある会社では、出向のような形で別の会社に派遣されて、別会社で業務に
携わっていたこともありますので、そんなこんなを含めると20社ぐらいで実際に
業務に携わったことになり、おそらく同世代の中では群を抜いて、様々な業種の、
業態の企業を実際に生で観て、聴いて、感じて、触って、匂った経験を持っている
ことになると思います。

ちなみに、これに転職活動の一環として面接や説明会に参加し、事務所等を拝見し、
面接官と会話を交わし、説明会を聴き、会社の詳細を聴取した会社を含めると、
100社近くになると思います。

まろんとしては、様々な業界に通じ、様々な情報を得、豊富なスキルを身につけ、
豊富な知識を身につけ、非常に密度の濃い豊富な経験が積めたという実感では
ありますが、一般的にはあまり良い印象をもたれることではありませんね。(笑)


さて、前置きはこれぐらいにして、今回の記事では、これだけ多くの会社で実際に
業務に携わってきた中で、まろんが率直に感じてきたこと、得たこと、
将来に活かさなければならないこと、そして今しなければならないことなどを、
まろんブログの理念?でもある「過去」→「現在」→「未来」の法則?に則って、
書いてみたいと思います。
それにより、この記事を読んでいただいた方の何らかの力となり、まろんとともに、
停滞する日本経済の成長のきっかけになっていただけるような、そんな「希望」をこめたいと思います。


まず率直に、今まで経験した仕事の中で、まろんがリーダーシップを感じたり、
マネージメント力を感じた人に出会ったのは、司法試験の受験に失敗し、
仕事をはじめた2社目の契約社員のときに出会った2人しかいません。
1人は、まろんが入社したその日に、非常にポジティブな言葉で、まろんを言わば
煽動してくれたまろんよりも年下の女性の上司。
その人の仕事に対する姿勢は、まろんのマネージメント理論の根幹になったものです。

もう1人は、常に現場主義、現場目線で業務に取り組まれる方で、現場と綿密に
コミュニケーションを取り、上司とも理論的に対峙され、問題・課題の解決に真摯に
取り組まれる40歳ぐらいの年上の男性の上司でした。
当然のことながら、この人の仕事に対する姿勢も、まろんのマネージメント理論の
まろんブログの理念の基盤になっています。

そのほかにも、敢えて他の人に比べて、ちょっとはリーダーシップがあるかなあと
思った人が最近の派遣社員のときに働いた会社に1人いましたが、いずれにせよ
まろんが心惹かれ、信頼できたり、信用できたり、手本としたいと思ったりするような
人はそれほど多くありません。

一方で、会社のビジョンが明確に示されたり、目標が明確に示されたり、方向性が
明確に打ち出されていた会社はありませんでした。
非常にクリエイティブで、創造性に富んでいる社長がいた会社はありましたが、
その会社は様々なアイデアは出るものをそれを実行できる人がいなかったり、
そのアイデアそのものが、それを実行する価値があるかどうかの裏づけや裏打ち
がないものがほとんどで、逆に会社の方向性を混乱させる結果になってしまいました。
先の2人の上司の方にしても、そもそも大企業の下請けの会社ということもあり、
この点についてはどうしようもなかったですし、またまろん自身も、今までの会社で
マネージメントをする上で、この点に苦慮せざるを得ないことが多かったです。
会社としてのビジョンがない、または明確でない場合は、部署としてのビジョンなどに
縮小した形で、スタッフに伝達するような形にせざるを得なかったというのが実情です。

まろんブログでは、かなり詳細に会社の再生方法について書いたことがありますが、
再生する前であれ、また再生が必要な状況に置かれている会社であれ、
その中のひとつでも実施していた、しようとしていた、できた会社も存在しませんでした。
まあ、そういう会社であれば、まろんが転職活動をする必要性もなかったのですが。(笑)

ところで、最近まろんが経験してきた会社では、何故か知りませんが、ごたごたに
遭遇する確率が非常に高くなってきています。
勤務開始日が大幅に遅延したり、業務中に怒鳴りあいになったり、上司と部下が
決定的に対立したり、突然会社が倒産の憂き目にあったり、、、。(笑)
まあ、まろんのような非常に稀有な特異な経験をもっている人材を採用する会社
というのは、色々わけ有の会社が多いということかもしれませんが、ただそういう
わけではないようで、知人友人などの話を聞いていると、最近そういう傾向にある
ようです。

もちろん、怒鳴りあいであっても、業務のことで真摯に意見を戦わせ、そこから、
結論を導き出し、「現在」→「未来」に生かせるものであれば、それは怒鳴りあって
しかるべきであり、逆にそうあるべきです。
しかし、そういうものとはまったく異質の感情的な聞くに堪えないもので、正直
何故こういう会社で働かなければならないのか?働く価値があるのか?という
働くことの本質そのものを疑わざるを得なくなります。

もしかしたら、ほぼ死語化したかもしれませんが、今まであれば終身雇用という
ことで、今ある仕事は定年まで継続できるという前提にあったものが、現在の経済
情勢に鑑みると、そうは言っておられず、我が国全体的にそういう仕事に対する不安感、
不満感が、日常の業務の様々な場所で表面化し始めているということなのかもしれません。

その結果、経済は成長してこそその価値があるにもかかわらず、今ある既得権益を
守ることだけに、また今の生活を保持することだけに固執し、それだけがビジョンになり、
にっちもさっちも行かなくなっている、今の我が国の経済というのは、そういう「過程」の中
にあると言えます。
その究極が、我が国の今の政治の動きに如実に現れているようにまろんには思えます。

さて、後編では、だからどうしたらいいのか?
「希望」はあるのか?
という点について、個別具体的に論じて生きたいと思います。
posted by まろん at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする