2011年12月31日

6泊7日東北・北海道旅行記~釜石・宮古編~

12/31 大晦日のこの日、昨日0時半頃に就寝したにもかかわらず、早朝5時に
起床したまろんは、昨晩購入しておいたいつものスパゲッティサラダとおにぎりを
食して、歯磨き等身支度を整えたら、5時45分頃いつものとおり元気いっぱい、
少しふらつきながら(笑)ホテルを出発するのでした。

6時前に仙台駅に到着すると、何故か既に満員状態の一ノ関行き普通列車に乗車し、
まろんの鈍行旅行が始まるのでした。
ただ、今日は被災地でもある釜石、宮古を回る旅程。
若干の不安と心の重さを感じる出発でもあります。
仙台→一ノ関
一ノ関で乗り換えて
一ノ関→花巻
花巻で乗り換えまでに若干時間があったので、待合室で時間をつぶしたら、釜石行き
の快速はまゆり1号に乗車し、
花巻→釜石

この行程では結構山中を走るため、列車の両側は雪で覆われた木々や山々を観ること
ができ、また列車沿いに奇麗な水流の川も流れており、地方の良さが満遍なく眺望す
ることができます。
まろんは2回目の参上ですが、前回と同様癒されます。

釜石に到着して、まろんが少しほっとしたのは、釜石駅の目の前にある新日鉄釜石社
の工場からもくもくと湯気のようなものがでており、経済活動がしっかりと始まって
いることを如実に表す光景を目にしたからでした。
また、駅近くの市場などもなかなかの活気を感じました。

ただ、駅近くだけが復興・復旧しているということがありますので、まろんはいつも
のとおり、本当の現場を観るために、今回も気仙沼と同様に徒歩で釜石港を目指しま
した。

歩くこと約10分程度、やはりいわきのはずれの海岸近くや、石巻、気仙沼で観た
あの忌まわしい光景が目に飛び込んできました。

3階建てのビルの1階だけが空洞化したビル
ひしゃげたマンホール
ひしゃげた測道の鉄製のカバー
1階部分だけがぼろぼろに破壊され、天井が落ちてしまっている家々
立ち入り禁止や取り壊し容認のマークが付いた家々
営業ができなくなったため、別の場所で営業をしていることを知らせるメッセージが
書かれた家々
家族の無事を知らせるメッセージが書かれた家々
、、、いつものことながら、心底まろんの心を冷えきらせる光景であり、人の無能さ
を痛感する瞬間でもあります。

ただ、「希望」を多少なりとも見いだすことができるとすると、
既にかなりの数の家々が取り壊されてしまって土台だけとなり、これから新しい家々
などが、建設される流れができている気配が感じられたこと
9ヶ月という期間が経過していることもあるのか、石巻では信号機すら復旧していなか
った現実に絶句しましたが、釜石では信号機はほぼ震災前と同じ程度新しく信号機が建
設されていたこと
後なんとなくまろんの感覚として、段階的にでしょうが先に進み始めている印象を受け
たことです

釜石で1時間程度心うたれた後、今度はバスで宮古に向かうことにしました。
釜石から宮古間は本来はJR東日本が通っていたのですが、今回の東日本大震災により、
線路そのものが流されるという想像さえしたことがないような被害により不通になって
いるため、振替バスによって、向かうことになります。
ちなみに、JR東日本の代行バスの場合であれ、まろんが持っているトクトクきっぷで
まかなうことができますが、振替バスのため、バス料金は別途必要になります。
まさかとは思いますが、まろんと同じ旅程を歩まれる方がおられた場合のために、
念のために追記しておきます。

釜石から岩手県交通バスに乗車し、
釜石→道の駅やまだ

、、、あれだけの大惨事の中、これだけ早期に新幹線、東北本線、福島第一原子力発電所の
影響が残る部分以外の常磐線などを見事に復旧させたJR東日本およびその関係者の力でもを
この区間が未だ復旧できない理由を、まさに心から納得してしまうような惨状を、バスに乗
りながらまろんは垣間みることができました。

山を少し登り、登りきった後その向こう側に見えた景色は、「無」
3階建ての空洞化したビルが1つある以外は、土砂とがれきだけで、それ以外は何もなくな
ってしまった光景
まさに一瞬で街が喪失した、神隠しがあったような光景です。
もちろんそこを通っていたはずの線路もありません。
そして少し離れたところから線路の続き?が残っている状態。

その惨状が釜石から少し離れた大槌、山田と進むバスの行程で、何度も観ることになりました。
9ヶ月が経過しているため、がれきの回収などが大幅に進んでいることもあると思いますが、
家々の土台だけが残っている他は何もない街、というのは、まろんの心の中でどう処理して
いいものかが、全くわからない状況です。
早急に復旧、復興計画を構築し、予算を付けて、その土地土地にあった復旧、復興を実現しな
ければなりません。
確かJR東日本は、線路を元通りさせて鉄道での復旧ではなく、バス専用経路としての復興に
するという話を進めるらしいですが、まろんはその復興案にほぼ賛成しています。
鉄道であることの価値はあるとは思いますが、様々なことを考慮すると、確かにこの案は
非常に優れた発想の転換でもあるように思っています。

道の駅やまだに到着したら、まろんの昼食と釜石ではできなかった経済活動をすることにしました。
とりあえず道の駅の中にあるレストランで、おいしそうなはらこ丼を注文しました。
はらこ丼とすまし汁とつけものというセットでしたが、いずれもおいしかったです。
特にすまし汁は出汁がいいのか、絶品でした。
その後イチゴのソフトクリームを食したら、併設の土産物屋さんで、お土産およびまろんの
非常食を何点か買い込みました。

その後次のバスまでにしばらく時間があったため、道の駅の近くをぶらっとしていると、
近くに線路と海岸線が見えたので、徒歩で見に行くことにしました。
この線路は宮古と釜石を結んでいるJRの線路ですが、当然不通です。

9ヶ月も放置しているとこうなるんだという状態の荒れ模様で、線路はさびきっている
状態でした。
また近くに海岸線があるということは、この地域も津波の影響をもろに受けてしまっており、
がれきの処理は進んでいるようですが、山積みのがれきがあちこちにありました。
向こう側に見える美しい海が、まさかこんなことをしでかすとは、まろんは今までに
「海」のことを人に擬人するような表現を書いたことが多々ありますが、まさに通じる
ところがあるように感じます。
本当に恐ろしいことです。
ただ、このまま負ける訳にはいきませんが。

ひとしきり散策が終わったら、道の駅に引き返し、宮古行きの岩手県北バスに乗って、
宮古へと向かうのでした。
釜石から道の駅やまだまでの行程とほぼ同様の惨状が、ここでも何カ所か目に飛び込んできました。
惨状、、この言葉しか思い浮かびません。
道の駅やまだ→宮古

宮古からはJRに乗り換えて、
宮古→盛岡
盛岡からはいわて銀河鉄道に乗り換えて、
盛岡→八戸

八戸で下車すると2、3年前にこの地を訪れた際に、おいしいお寿司を食べさせてくれた
駅前のすし屋さんを探したものの、大晦日の20時ということで既に閉店。。。
仕方なく駅中のホテルの中のお寿司屋さんで、大間のマグロの赤身やほっけ貝、サーモン、
八戸といえばイカの耳にしめ鯖、煮穴子、いくら、ボタンエビなどなどを堪能。
さすがに本場はおいしいです。

おいしいお寿司を堪能したら、今回2回目の新幹線を利用し、
八戸→新青森
何故新幹線を利用したかといえば、、、MacBookAirやオーディオ類の電池がなくなって
しまったからで、、、なんとも贅沢な悩みと同時に、電車に乗りながら充電できるという
進歩に喜びを覚えるまろんなのでした。(笑)

新青森に到着したら鈍行に乗り換えて
新青森→青森
青森に到着したら、今回2回目の夜行列車、急行はまなす号の出発時間まで時間があった
ので、しばし青森の街を散策することにしました。
青森の街を散策するのは昨年に引き続き2回目ですが、前回に比べれば今年は快適です。
また青森の海も非常に穏やかでした。
昨年は青森港は吹雪いていたので、、、でも吹雪の中見物には行きましたが。(笑)

青森散策が終わったら駅に戻り、急行はまなす号に乗車。
大晦日から正月を夜行列車で迎える素敵なような、寂しいような(笑)感じですが、
とりあえず出発するのでした。
ちなみに、青函トンネルを超えたぐらいがちょうど新年になると思います。

来年もどうぞ皆様よろしくお願いいたします!!
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6泊7日東北・北海道旅行記~番外・大宮編~

12/30 6泊7日東北・北海道旅行の旅の話から若干はずれますが、
旅の途中の大宮で、まろんブログでもちょくちょく話題になるまろんが
うらやましいと思うような結婚をした親友に会って、久しぶりに飲みに
いくことにしました。実に1年半ぶりぐらいです。

実はこの親友は今英国勤務をしており、今回一時的に帰国するということで
またまろんの旅程の途中でもあり、うまくタイミングがあったため、
会えることになったわけです。

男同士の話なので、仕事の話を中心にして、結婚の話やら、まろんの恋の
話やら、3/11の東日本大震災の話やら、色々と話をして、議論をして、
かなり密度の濃い話をすることができました。

3/11については、彼の会社でも人的被害を含めて甚大な被害が発生した
ようで、その上タイの大洪水の影響も甚大だったようで、かなり厳しい状況
にあるようです。
そもそも大企業病を含めて、優秀な人材ほどやりにくい時代になりかかって
いる中で心配する反面、彼の立ち位置、持っているスキルや知識、人間性
などがあれば、いかなる状況になろうと、やってくれるものとまろんは勝手
に思っています。
逆にまろんももっと頑張らなければという思いを強くしたひとときでした。

結婚の話は、出産、その後の英国勤務という大きな障害が訪れたのですが、
なんとか乗り越えつつあるようで、正直かなり心配していたまろんですが、
とりあえず安心できるかなあという感じです。

まろんは、独身ながら「結婚」についての記事を書いたことがありますが、
結婚とは二人で、子供がいれば三人/四人が手を取り合って、様々訪れる
障害に乗り越えるために、共に不幸を分かち合うために、するものである
ならば、彼と奥様とお子様は、その過程を今しっかりと歩んでいるだなあ
と感じました。

残念ながら4時間程度で別れることになりましたが、彼は奥様とお子様が
待つ実家へ、まろんは旅の行程の続きのため、最新型新幹線はやぶさ5号
に乗車して、時速300kmで北上することにしました。
大宮→仙台

約1時間程度の23時頃に仙台に到着したら、途中翌日の朝食を買い込み、
ホテルにチェックインしたら、すぐに風呂に入りました。

前回の記事を読んでいただいた方はお気づきだと思いますが、途中電車の
中で何度か仮眠を取ったものの、12/29に夜行で出発しましたので、
布団の上で寝るのは、12/28の夜以来となりますので、風呂を出たら、
まるで泥のような状態でまろんは深い眠りにつくのでした。(笑)

ただし、翌日は5時起きです。
もっと寝かせてあげたかったです。(笑)
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6泊7日東北・北海道旅行記~河口湖編~

先般予告していたとおり、12/29の夜、仕事から帰ってきたら、
すぐにスーツから私服に着替えて、まろんの年末年始の壮大な旅行が
ついに幕を切って落とされたのでした。(笑)

仕事から帰ったらすぐの出発で、夕食を食べる時間がないため
まろん母に依頼していたまろん母の愛情のこもった?おにぎり2個と
菓子パンを一つ、それから6泊7日分の重い荷物、それとまろん愛用
MacBookAirなどを持って、いつものとおり元気いっぱい実家を出発
するのでした。

実家の最寄り駅の八戸ノ里駅まで重い荷物を持って歩き、
近鉄列車とJRを乗り継いで、
八戸ノ里→JR河内永和→放出→京橋→大阪

大阪からJRの新快速列車に乗り換えて、
大阪→米原
年末とはいえ、通勤ラッシュでもある時間帯のため、さすがに列車は
混み状態で、座れず。
ただ、途中の草津駅でやっと座ることができたので、おにぎりと菓子
パンを食べることにできました。
おにぎりの中身はしゃけとたらこ。絶品でした。

米原でJR西日本からJR東海に切り替わって、
米原→大垣
大垣からは列車マニアの間では著名な夜行タイプの快速列車の
ムーンライトながら号に乗り換えて、
米原→東京

当然のことながら、この列車はマニア垂涎の列車のため、それらしい
人々が、カメラを持ってたくさん乗ってきました。
正直うんざりですが、今回のような壮大な旅行を手頃な価格で楽しむ
には必須なのです。
列車の中はちょっと、、、ですが、列車自体はもともと特急列車で
使っていた旧式車両のため、乗り心地はかなり良かったです。
なかなかのスピード感でしたし。(笑)

12/30の午前5時頃東京駅に到着したら、そのまま東北地方に
向かいたいところですが、この日は12/30の夜に親友と飲みに
行く約束をしていたため、関東で時間をつぶすことにしました。
とりあえず重い荷物はコインロッカーに預けて、手ぶらで身軽に
なったまろんは、中央東線に乗って、
東京→高尾
高尾で松本行きの列車に乗り換えて、
高尾→大月
大月から富士急行線に乗り換えて、
大月→河口湖

ちなみに、今回の旅行はいつものとおり青春18きっぷを使うのですが、
12/30から北海道、その後東京に戻ってくる行程では、
北海道&東日本パスというトクトクきっぷを利用します。
このトクトクきっぷの特徴は、基本は青春18きっぷと同じで、JRの普通
列車と快速列車に乗り放題なのですが、デメリットとしてJRの北海道と
東日本だけしか利用できないこと、メリットとして富士急行線や青い森
鉄道、IGPいわて銀河鉄道、北越急行線が乗れることと、期間が7日間で
あること、金額が7日間で10,000円であることです。
新幹線の開通で、盛岡と青森間がJRから第3セクターになったことで、
青春18きっぷでは不便になった部分があり、それをうまく補うことが
できるというのも大きなメリットかもしれません。

富士急行線は富士山に沿うように走行するため、快晴の中雪に覆われた
富士山の絶景を堪能することができ、ちょっとした寄り道のつもりで
訪れたまろんですが、思いがけないよいプレゼントをもらったような
気分でした。極寒の地に向かう勇気にもなりそうです。(笑)
ちなみに、富士急行線には「富士山」駅なるものがあります。
以前は富士吉田駅だったのですが、最近変わったらしいです。
駅のプラットフォームには富士山に向けてベンチがおいているなど、
なかなか楽しい感じの駅でした。

河口湖に到着したのは朝の8時。
大阪を出発したときは若干じめっと暖かかったのですが、東京に到着した
途端から厳しい寒さを感じていましたが、河口湖も凄まじい寒さ。
若干薄着気味だったまろんは、体の芯まで冷える寒さに耐えながら、
徒歩河口湖まで行くのでした。
だいたい10分程度で河口湖に到着しましたが、河口湖の周りは観光客用
の旅館などがすし詰め状態のように囲んでいて、観光地ということを
如実に感じました。

河口湖自体はまあなかなか素敵な場所ですが、この時点で体の芯から
冷えきってしまっていたまろんは、10分程度河口湖をいつものとおり
眺めたものの、すぐに切り上げて駅まで戻ることにしました。
寒い、、、!

駅に戻ると河口湖駅の中にあるカフェレストランで、富士山を眺めながら、
名物の吉田うどんを食べることにしました。
河口湖は山梨県で、山梨県と言えばほうとう、なのですが、おそらく
それと同じ素材を使っているのでしょう、うどんは固めで、ほうとうを
彷彿とさせるような感じでした。
そのためうどんはかなり好き嫌いがわかれると感じたのですが、ただし、
うどんの出汁は絶品でした。
ついつい、出汁をすべて飲んでしまったまろんです。(笑)

うどんを食べ終わったら、富士急行線、JRを乗り継いで東京に戻り、
千葉や秋葉原などを散策した後、親友が待つ大宮へと向かうのでした。
posted by まろん at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする