2011年09月29日

女子会に参加しました

「ぷりん」が虹の橋に旅立ってから3日
傷心のまろんは、いつもの酒豪の女性主催の女子会秋の祭典に参加するために、
9/28、29の一泊二日で東京に行くことにしました。

9/28午前9時頃起床し、朝食を食べてから、しばし一服した後、
「ぷりん」を火葬した高槻霊園まで「ぷりん」のお参りに行くことにしました。
まろん母が用意していた花を持ってはるばる出向いたにもかかわらず、
なんと高槻霊園は定休日。(泣)
仕方なく霊園の外から「ぷりん」を参り、自宅に戻って昼食を食べてから、
いつもどおり元気いっぱい実家を出発するのでした。

最寄り駅の八戸ノ里駅まで歩いて
八戸ノ里→尼崎→三宮
三宮でポートライナーに乗り換えて、
三宮→神戸空港

神戸空港は海の上に建設された空港のため、このポートライナーは海の上を走行します。
というわけで、絶景の「海」の車窓を楽しむことができます。

神戸空港に到着したら、搭乗手続きを完了させ、出発まで30分ほどあるため、
待合ロビーのようなところで、パソコンを広げてしばし休憩。

その後出発時間が近づいたため、手荷物検査などを済ませて、いざ出発
飛行機の離陸はいつのときもやはり緊張してしまうものですね(笑)

神戸空港→羽田空港
結構快晴っぽい天候だったものの、かなりぐらぐらと揺れたフライトでしたが、なんとか無事に到着しました。

羽田空港からは京浜急行線に乗り換えて、
羽田空港→品川
品川でJRに乗り換えて、
品川→原宿

まろんは5年程度東京に住んでいたことがありますが、原宿に下車するのは初体験。
下車した原宿の街のファーストインプレッションは、素敵な街だなあ~。
新宿や渋谷のように人があふれかえっているということなく、品がある街だなあという印象でした。
確かに表参道や青山などとも近いし、セレブな街らしいですので、まあ当然といえば当然かな?

原宿の素敵なお店の前で、いつもの素敵な酒豪の女性達4名と合流し、料理7点とデザート、
ドリンク飲み放題で一人2990円(金額はどうでもいいですが、、、(笑))というメニュー、
それに楽しいおしゃべりが加わった楽しい、素敵な時間を過ごしました。

ちなみに、いつもお店を探してくれるのは、いつもの酒豪の女性なのですが、
いつもは彼女の好みで、焼き鳥屋さんやラーメン屋さん、集合酒場のような場所ばかりで、
おしゃれな感じのお店とは縁遠い??(笑)のですが、今回はすご~くおしゃれなお店だったため
いつもとは違う印象で、はじめ変な驚きを感じたまろんなのでした。(笑)

いつもはランチタイムでお会いすることが多く、ディナータイムは一年に数回ぐらいなのですが、
やはりディナーは話題が濃くなるものですねえ。
色々と勉強になる?話がたくさん聴けて、まろんの将来が明るくなりそうな感じでした。(笑)

ちなみに今回は女子会秋の祭典という名目(笑)で、まろんは一応男なので、まろんが
参加するのはどうなの?という感じですが、まろんはいつもの酒豪の女性達にとって
ペット?のような存在なので、参加できるという特権を持っているのです。(笑)
というか、まあまろんはあまり男性とは思われていない気もするのですが、、、(笑)

ディナータイムということで、ランチタイムとは違いみっちり3時間ほど濃いおしゃべりを楽しんだ後、
残念ながらお別れの時間が訪れました。
前回の忘年会のときはこの後猫カフェに行ったのですが、女性達は翌日仕事ということもあり、
一次会でお開きすることになりました。
素敵な女性達と泣く泣くお別れした後、まろんはこの日の宿である蒲田まで行くことにしました。
原宿→品川
品川で京浜東北線に乗り換えて、
品川→蒲田

蒲田のホテルに到着したら、翌日の朝食を買うために、蒲田の街を散策に行き、
その後ホテルに戻り、お風呂に入って、お酒と疲れの影響で深い眠りにつくのでした。
posted by まろん at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月25日

「ぷりん」が虹の橋に旅立ちました

我が家の愛しのハムスターの「ぷりん」が我が家にやってきたのは、昨年。
昨年2010年の10月17日。
それから1年にも満たないというのに、本日朝まさに突然死のように、虹の橋に旅立ってしまいました。

まろん母の話では4時半頃まで、いつものように元気いっぱい過ぎる状態だったのですが、それから2時間後の7時に起床すると、虹の橋に旅立ってしまっていたとのことです。

病気の気配すらなく、まさに元気いっぱいで、昨日もたくさん遊んだのに、
あまりにもショックな出来事です。
死因はわかりませんが、心臓麻痺か何かだったのでしょう。
命のあまりのはかなさを感じざるを得ませんでした。

もちろん人の命も同様で、突然思わぬ大切な人との別れに遭遇することが多々あります。
まろんブログを再開したきっかけとなった東日本大震災の時には、
たった数秒で、大切な命が津波にさらわれてしまいました。

命ははかない。
だからこそ、生きている間は真剣に、誠実にその命と向き合わなければならないと深い悲しみの中まろんは強く感じるのでした。

人懐っこかった「ぷりん」は、虹の橋で、「ぽわん」「ころん」「まろん」「めろん」と仲良くしていることでしょう。。。
posted by まろん at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ハムスター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

リーダー、マネージャーたるもの

2010年5月に、最後の聖地と思っていた仕事にあえなく破れ
北海道から大阪に戻ってきたまろんは、
改めて医療・介護等の経営に携わる仕事をすることを目指すため
転職活動をしているのですが、
日々の生活がありますので、今までに培ってきたIT関連のスキルを
活かして、派遣社員や契約社員として仕事をしています。

北海道の仕事までは管理する側の立場で、リーダーやマネージャー、
部長、次長などの肩書きをつけて仕事をすることが多かったのですが、
現在は当然のことながら管理される側の立場で仕事に従事しています。

ただ、次回以降の仕事は、おそらく管理する側の道を進むであろうから、
そのためにも管理される側の立場を知っていることは、非常に有意義であると
当初から思って今の仕事に従事しているわけですが、正直なところ、
これほどまでにこの経験が役に立つとは思ってはいませんでした。

リーダーやマネージャーたるもの、何が必要なのか?
どういう素質を持っていなければならないのか?
何をしなければならないのか?
何を常に心に秘めていなければならないのか?
何を考え、何を感じなければならないのか?
というようなことを如実に感じる今日この頃です。

さて、今回の記事は「リーダー、マネージャーたるもの」というタイトルで、
この点について、まろんが関わった具体的な出来事を踏まえて、
書いてみたいと思います。
当然のことながら、このことは仕事上のことはだけはなく、
今の政治、経済、家庭の問題など様々な部分にも関わり、
広く応用できることではないかと思います。


ある日まろんと同僚の男性がリーダーに呼ばれ、なにやらお客様から
お叱りがあり、苦情に発展しているので、謝罪の電話をしてほしい
との話がありました。
思い当たることが全くなかったため、よくよく話を聞いてみると、
まろんや同僚の男性には過失は全くなく、会社のルールに
則って業務を行った結果が、なにやらお客様の苦情に発展して、
そしてそもそもお客様の苦情の原因がその会社のルールに
対してのもので、リーダーが電話をして謝罪しても納得されなかったということ。
何故かそのとばっちりが回ってきたということだが、
リーダーとお客様が話している内容を聞いてみると、どうもまろんと
同僚の男性に問題があったというようなことになっている様子。
別にお客様に謝罪するのはなんともないのですが、
なんとも情けない会社、、、というかリーダーですね(笑)
まあそのリーダーはマネージャーからの指示でそうしているようでしたが、、、(笑)

こんなことは我が国、というよりは世界中の会社で、それこそ
掃いて捨てるほどあることであることですが、
こんなことがあると、当然のことながら、そのリーダーやマネージャーに
失望した人、特に優秀な人材は会社を去り、そしてそのような会社は
だいたい崩壊していきます。


最近耳にした似たようなリーダーとしては、、、
原子力発電所の事故で、前線でまさに命がけでその災難、苦難を
乗り越えるために必死で働いている人々がいる一方で、
遠い東京の地から、適切な指示もできず、責任逃れに終始するリーダー達。

戦時中、部下の命などどうでもいいかのように特攻隊に向かわせて、
自分は戦後ものうのうと生き延び、何故か国会議員になったり、
ご立派な肩書きをつけて生き続けたリーダー達。
もちろん、立場上特攻隊に志願した部下達を特攻隊に赴かせざるを得ず、
戦後その苦悩から自害したり、苦悩を背負い続けて生き続けるリーダーも存在しますが、、、

ワンマンで無理難題を部下に無理強いし、何か問題が発生したら、
都合のいいように修正したり、部下の責任にしたり、
権力を振りかざして変更させたり、責任逃れするリーダー達。

自らは安全な場所に身を寄せつつ、小さな少年や恵まれない信者を
洗脳して、自爆テロに赴かせるイスラム教の指導者、リーダー達。


まろんブログでは以前「リーダーとしての資質」「リーダーシップとマネージメント能力」
「リーダーの役割とは・・・」という記事において、リーダー論、マネージャー論
を書いたことがありますが、まさにこれらの記事で書いた
リーダー、マネージャーたるものが持っていなければならないものを
全く持ち合わせていないリーダーやマネージャーが、
急激に増えているのではないかと最近痛切に感じるようになり、
非常に強い危機感を感じています。

何故現場に赴き、現場を観て、聴いて、感じて、匂って、触って、現状を
しっかりと把握し、指示命令を行おうとするリーダーやマネージャーがいないのか?

自分の身が何故そんなに可愛いのか?
自己保身ばかりに躍起になるその姿を客観的に見て恥ずかしくないのか?
既得権益を守るのがそんなに大事なのか?
既得権益に執着しているその姿を客観的に観て恥ずかしくないのか?
部下を抱える身であるならば、それだけの責任を果たそうと思わないのか?
部下の手柄を自分の手柄のように仕立てて、出世して恥ずかしくないのか?
弱いものの犠牲の上で成り立つかもしれない宗教は宗教といえるのか?
弱いものを犠牲にすることが宗教の教えとして正しいのか?
それが指導者といえるのか?恥ずかしくないのか?

リーダー、マネージャーたるもの、本来どうあるべきなのかを真剣に考え、
そしてその解を実践できるリーダーやマネージャーが現れなければ、
これからの我が国を含めた世界の情勢はかなり悲観的にならざるをえません。

まさに全世界的に吹き荒れる経済不況などなど。

よく言われることですが、リーダーやマネージャーというような立場になると
守るものが増えてしまうので、知らず知らずのうちに、
本来あるべき姿からどうしても外れてしまうということ。
しかし、それは正しいのか?
ただ単に目の前にある苦難を回避したいだけなのではないか?
誰か弱い立場のものに押し付けたいだけなのではないか?


リーダーやマネージャーたるもの、何が必要なのか?
どういう素質を持っていなければならないのか?
何をしなければならないのか?
何を常に心に秘めていなければならないのか?
何を考え、何を感じなければならないのか?

まろんが最初に掲げたこれらの疑問について、まろんなりに解を求めると、
リーダーやマネージャーたるもの、何が必要なのか?
⇒現場を基礎として「真実」を把握し、その「真実」にしっかりと向きあって、「過去」⇒「現在」⇒「未来」の流れで「未来」を創造していく「過程」を着実に歩み続けること。

どういう素質を持っていなければならないのか?
⇒自己を犠牲にできる貫徹した精神を持っていること。

何をしなければならないのか?
⇒部下の安全、安心、成長や発展を心から願い、その手助けとなることを全力で行うこと。
そのための様々な改善。

何を常に心に秘めていなければならないのか?
⇒部下にとっての最後の砦として、部下を命がけで守る精神。

何を考え、何を感じなければならないのか?
「真実」に向き合い、「未来」を創造するために、「現在」するべきことを考え、常に環境の変化を感じ続けること。

リーダー、マネージャーたるものが、この記事から少しでも多く排出されることをまろんは願うばかりです。
posted by まろん at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 「まろん」の知恵 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする